よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

     三

 再婚して、紗良を産んでから、いろいろとわかりました。
 まなにとって、私は悪い母親でした。
 あのころ私は、まなの中に不安な部分ばかりを見つけては、苛立っていたのです。まなには、やさしいところだってあった。私が寝込んだときは、熱心に看病をしてくれた。それが現在のお仕事につながっているのでしょう。
 悪い母親だったのに、まなは、私に会いに来てくれた。
 まなは立派な大人になってくれた。昔、気を揉(も)んだのは杞憂(きゆう)に過ぎなかった。それだけはもとの夫が言ったことが正しかった。考えすぎだったのだ。
「おねえちゃん、いいひとだね」
 紗良も、そう言っていました。
 はじめのうちは、です。

 あの、さっきの話は、間違いないんですよね?
 まなと、その病院の事件は、関係がないことはわかっているんですね? ぜったいに確実ですね?
 だったら、思いきってお話しします。

     *

 一年半ほど前のことです。
 そのころ、紗良には、まだ携帯電話を持たせていませんでした。まなと紗良は、私の電話を介してメッセージのやりとりをしたりして、仲良くしていたんです。
 日曜日や祝日など、まなは休みを合わせて取ってくれて、私抜きで一緒に出かけたりもしていました。
 昔のまなとは違う。やはり大人になって、おねえさんになった。そう信じ切っていたんです。
 ところがある日、まなとの外出から帰って来たあとで、紗良の体調がおかしくなったことがありました。気持ちが悪いと言って、その夜は何度も吐きました。さいわい朝までにおなかは落ち着いたようですが、念のため学校は休ませたのです。
「昨日はおねえちゃんとお昼ごはんを食べたんでしょう。いたんだものでも食べちゃったのかしらね」
「うん」
 紗良は浮かない顔をしていました。
「お昼、なにを食べたの?」
「チーズバーガーとポテトのLサイズ」
「油が悪かったのかしら」
「お昼じゃないと思う」
 紗良はいったん言葉を切ってから、思いきったように言いました。
「おかあさん、これからもおねえちゃんと、遊びに行かなきゃ駄目?」
「どうしたの、喧嘩でもしたの?」
「喧嘩はしない、けど」
 詳しく訊き出してみると、まなが意地悪を言うのだというんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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