よみもの・連載

本日はどうされました?

第七章 市井洋子(いちいようこ)の話

加藤 元Gen Kato

「服がおかしいって笑われた。似合わないって」
「そんなことはないよ」
「私は顔がまんまるで肉まんみたいだから、Aラインのワンピースを着るとてるてる坊主みたいに見えるって」
「口が悪いわね」
 私は軽く笑って受け流そうとしました。けれど、紗良は笑いません。
「首を吊(つ)ったらお似合いだって」
「え?」
 私は耳を疑いました。
「てるてる坊主だから、軒下で首を吊ればぴったりだって言うの。大笑いできるって」
 大笑い?
「笑いたいから首を吊りなよって、何度も言われた」
「冗談にしては、ひどいね」
 胸がざわつくのを感じました。
「ずっとひどいことばかり言っているわけじゃないんだ」
 紗良が慌てたように言いました。
「楽しいときもあるんだよ。でも、昨日はおねえちゃんを怒らせちゃったみたいだから」
「怒らせた?」
 不安が募るのを抑えながら、私は訊きました。
「なぜ?」
「わからない。ちょっと前まで笑っていても、急に機嫌が悪くなるんだ。いつも」
 いつも?
「昨日も、お昼にチーズバーガーをおごってもらって、映画を観てしばらくは普通だったんだ。でも、話をしながら歩いているうちにおねえちゃんがいらいらしはじめた。フードコートに寄って、飲みたいものがあるかって訊かれたから、アイスココアがいいって言ったの。本当はなにも飲みたくなかったんだけれど、そう言うとますます機嫌を損ねちゃうと思った」
 紗良は、言いづらそうにゆっくりと言葉を継ぎました。
「私は席を取って、おねえちゃんがココアを買ってきてくれた。ひと口飲んだら、変な味がした。変に苦くて、薬みたいな感じ」
 薬?
 自分の心臓の音が大きくなった気がしました。
「口の中に残っておいしくないし、飲みたくなかったんだけど、おねえちゃんがにらんでいたから、飲むしかなかった。あのココアがおかしかったんだと思う。昨日は暑かったし、腐っていたのかもしれない」
「……そうね」
 私は、暗い気持ちになっていました。
「ココアが悪かったのね」
 大勢の客に出すココアが腐っているだなんて、そんなことがあるだろうか?
 しかし、だからと言ってまさか、あり得るはずがない。
「そのあとも、ずっとひどいことを言われていた」
 看護師であるまなが、紗良の飲むものになにか混ぜて、わざとおなかを壊させるなんて真似を、するはずがない。
「私の鼻が低くて顎が四角いのはおとうさんの血統で、これから先は男の子に好かれないとか、毛深いとか」
 紗良は泣きそうになっていました。
「おかあさん、もう、おねえちゃんとは出かけたくない」
 私は頷くしかありませんでした。
「わかった。おかあさんから、おねえちゃんによく言っておく」

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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