よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

     一

 わざわざお時間を取ってもらって、すみません。
 あなたのことは、信次(しんじ)くんから聞きました。ええ、笹本孝輝(ささもとこうき)の弟の信次くんです。E病院の看護師さんで、孝輝を覚えていたひとがいたそうですね。孝輝が胃潰瘍(いかいよう)で入院していたとき、担当看護師のひとりだった「まなちゃん」と知り合って、親しくなったことをお聞きになったそうですね。
 私は、孝輝の恋人でした。「まなちゃん」が原因で、私と孝輝は別れたんです。
「まなちゃん」は、その看護師仲間のひとに「結婚をする予定」とまで話していたんですか? へえ。
 で、その看護師さんは、孝輝のその後を知っているんですか?
 知っていた? それで「まなちゃん」と孝輝が結婚できなかったと思っている。そうですか。ええ、悲劇ですよね。もし、事実が「まなちゃん」がそのひとに話したとおりならね。
 あなたは、週刊誌の記者として「まなちゃん」の行動を調べているんですよね? 「まなちゃん」には、複数の入院患者に危害を加えたという疑惑があると、信次くんに説明をしたでしょう。それを聞いて、信次くんにも私にも、思い当たることがあったんです。
 それで、信次くんから、あなたの名刺をもらって、連絡をしたんです。本来なら、信次くんもこの場で一緒にお話ができればいいんですが、今の時期はどうしてもお店を抜けられないみたい。お彼岸で忙しいんです。彼が経営している生花店は、墓地の近所にありますからね。
 今から私がお話しすることは、信次くんや私の邪推に過ぎない部分もあるかもしれません。でも、あなたが調べていることの参考にはなると思います。
 孝輝のこと、話させてください。

     *

 三年ほど前の夏、孝輝はE病院に入院しました。原因は胃潰瘍です。
「このごろ、どうも胃が痛い」
「胃がもたれる」
 とは、しょっちゅうこぼしていたんですが、私はあまり心配していなかったんです。だって、そんな風に言っていながら、一緒に出かけてお店に入ればこってりした料理を頼むし、ビールも飲むし焼酎も飲むんですよ。
「胃もたれはどうしたの」
 訊(き)くと、けろりとして答える。
「なおった。食って飲めばおさまるみたいだなあ」
 もともと、孝輝はいつだって「痛い」「つらい」が口癖でした。仕事から帰れば「一日じゅう調子が悪かった」「だるい」。軽い登山に誘えば「膝の裏を痛めた」「筋肉痛がひどい」。海水浴へ行けば「くらげに刺された」「日焼けで背中の皮膚がかぶれた」。川辺でバーベキューをすれば「グリルで火傷をした」「煙が眼に入って涙が止まらない」「煙を吸いこみ過ぎて咽喉(のど)が痛い」。常にどこかを悪くしている面倒なひとなんです。けれど、決して大ごとじゃない。ちょっとだけ傷あり、みたいな感じ。
 だから、アルバイト先のトイレで血を吐いて、すぐさま病院へ直行、入院した、と信次くんから連絡をもらったときは、びっくりしました。
 ちょっとどころじゃない。今回は本当に一大事だったんだ。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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