よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

 これからどうする気?
 訊いても、考えている、とか何とか生返事をするばかり。半年ほどハローワークに通っていたのですが、なかなか次の就職先は見つからず、近所のコンビニエンスストアで夜勤のアルバイトをはじめたんです。
「司法書士の資格を取る。そのための準備期間にしたい」
 それが孝輝の言いぶんでした。私も、大学を出ていったん就職した会社を辞めて資格を取り、現在の職業に就いたのです。理解はしたいと思いました。
 でも、孝輝は、あんまり熱心に勉強をしているようには見えなかったんです。試験をなかなか受けないで、しょっちゅうゲームをしたり、お酒を飲んだりばかりして。息抜きだよ、と孝輝は弁解するんですが、いつ本気で息を詰めているんだって感じでした。
 精神状態が限界なのは、私だって同じかもしれないよ?
「胃カメラで見たら、胃の中が血でいっぱいだってさ」
 孝輝はうっすら笑いました。なぜだかちょっと嬉(うれ)しそう。
「手術をしなきゃいけないの?」
「今どきは手術までしなきゃならない胃潰瘍は少ないんだそうだ。たいがい止血で済むんだよ」
「やっぱりお酒の飲み過ぎなんだよ。お酒はやめなきゃ駄目だよ」
「うん」
 孝輝はさすがに神妙な面持ちでした。
「当分は控える」

 孝輝は内視鏡で注射をして止血をし、手術はしなくて済みました。
「でも、もう一回胃カメラを飲まなきゃいけないみたいだ。生体検査のために潰瘍を切り取るとかでね」
 次の日、お見舞いに行ったら、孝輝はそう言いました。
「仕事、忙しいんだろう?」
「まあね」
「帰っていいよ」
 そのときはあまり気にしなかったんですけどね。あとになって考えてみると、孝輝の態度はすでにあの時点でどことなくおかしかったんです。
「疲れた顔をしている。帰りなさいよ」
「今さっき来たばかりじゃない」
「ここへはあまり来なくていいよ。どうせ俺は管をつけてベッドに縛りつけられてるだけだ。食いものを差し入れてもらうってわけにもいかないんだしさ」
「そりゃそうだろうけど」
「帰りなよ」
 早く帰そう、帰そうとするんです。そのうえ、私がいるとき、病室に看護師さんが入って来たんですけど、孝輝はぴったり口を閉ざしてしまった。
 そのとき病室に来た看護師さんが「まなちゃん」であったかどうかはわかりません。顔も覚えていません。あんまり若くはなかったな。
 きっと、私が恋人だと、看護師さんたちに知られたくなかったんでしょう。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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