よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

     *

 孝輝に言われたせいもあって、入院期間中、私がお見舞いに行ったのは、最初の二日間と、退院間際の一日だけです。私はペットサロンでトリマーをしているんですが、同僚がひとり辞めてしまったばかりで、ちょうど忙しい時期だったんです。
 いいえ、違うな。
 孝輝と私は高校の同級生でした。ちゃんとつき合いはじめたのは大学生になってからですけど、十年以上もお互いにお互いを見て来ている。正直なところ、だいぶ気持ちが冷めていたところはあったんです。
 私はアパレル関係の会社に勤めてから、トリマーの専門学校に通って、今の仕事に転職したんです。私たちのあいだで結婚の話がまるきり出ないわけじゃなかったけど、孝輝の方はさっきも言ったとおりお母さんの病気もありましたし、会社でうまく行かなくてぐずぐずしていて、何となく先延ばしになっていた。そのうちお母さんが亡くなり孝輝が失業してみると、私にしては迷いがあったんです。
 私、本当にこのひとでいいのかな。
 気が短くて、すぐにカッとなってしまう私に対して、孝輝はいつもおっとりのんびりした、穏やかな性格でした。そこはいいところだったし、好きでした。でも、のんき過ぎるひとでもあった。このご時世に、次の職も決めないで会社を辞めちゃうなんて、無茶ですよ。自分ではそうは言っていなかったけれど、信次くんのお店の経営が順調だったので、いざとなれば信次くんを手伝えばいいという甘えがあったんだと思います。もともと自分が継がなかったのは「朝が弱いから、花屋は無理だ」なんて言っていたくせにね。そういう部分は、男として、兄としてどうなの、と歯がゆかった。別れるつもりはなかったけれど、不満はたくさんあったんです。病気で倒れた孝輝に対して、あまりやさしい気持ちになれなかった。
 でも、孝輝の方でも、私に対していろいろ不満があったんじゃないかな。
 孝輝が「まなちゃん」と親しくなってしまったのは、そのせいだったのかもしれません。

     二

 孝輝は、退院してから「まなちゃん」と会うようになっていました。
 わかった理由? 簡単ですよ。孝輝の電話に届いた「まなちゃん」からのメッセージを見ちゃったからです。名前もそのまんま「まなちゃん」で登録されていましたしね。
「今日はめんどくさい患者ばかりでくたびれちゃった。こうくんに会いたいな」
 こんな文章でしたから、誤解のしようもない。これぐらいわかりやすい「浮気」の証明もないですよ。
「なにこれ」
 って、孝輝に電話を突きつけてやりました。
「え」
 孝輝は眼をぱちぱちさせながら、絶句しました。
「誰なの?」
「友だち」
「馬鹿言うな」
 私の声が尖(とが)りました。
「本当だ。ただの友だちだよ。明里にだって男の友だちはいるだろう?」
「いる」
「こいつはどういう関係で、こいつは誰だとか、いちいち俺に説明しているか?」
 そこを衝(つ)かれれば弱くはあるけれど、認めるわけにはいきません。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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