よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

「私はみんなあんたに話しているよ」言いきりました。「こそこそ連絡もしないし、会ったりもしていない」
 さらに駄目押し。
「そんなの、裏切りだし、浮気じゃないの」
 孝輝は、ぐっと詰まりました。
「俺が無神経だったかもしれないな」
 私は無言で頷きました。
「けど、本当に友だち以上の関係ではない。入院したとき、いろいろお世話になったひとなんだ」
 孝輝は早口になりました。
「やましいことはなにもないんだ」
「私に隠れて会っておいて?」
 それ以上やましいことなんて、あるでしょうか?
「このひとに、私のことは話したの?」
 孝輝は、すぐに返事をしませんでした。
「自分には恋人がいるって、彼女にちゃんと伝えたの?」
「……うん」
「嘘(うそ)でしょう」
 孝輝はまた黙りました。
「ほらみなさい。それが浮気だって言うのよ」
 私は声を荒らげました。
「もともと下心があったから、私の存在を隠したんでしょう」
「違うよ」
 孝輝は弱々しく応じました。
「違わない」
「明里をそんなに怒らせるつもりはなかった」
 あ、話をすり替えやがる気だ。私はますます苛立(いらだ)ちました。
「私が怒るとか怒らないという問題じゃない。あんたの気持ちと行動の問題でしょう」
「気持ちは、だから友だちだ。退院するとき、向こうから食事でもしないかと誘ってきたから、断り切れずに会った。食事をしただけだ」
「どこで」
「え」
 孝輝はきょとんとしました。
「どこのお店で食事をしたの?」
 孝輝は、あるイタリアンレストランの名前を挙げました。はらわたが煮えくり返るようでした。
 私の去年の誕生日に、二人で行った店だったんです。
「おごったの?」
「どうだったかな」
 孝輝は視線を泳がせました。とぼけるんじゃないよ。
「おごったんでしょう」
「それはさ、いろいろ世話になったわけだしね」
「入院患者のお世話をするのは『まなちゃん』のお仕事じゃないの。当たり前の話でしょう」
 私は最大限の厭味(いやみ)を込めて言いました。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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