よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

「男だし」
「は?」
「俺は男だから、おごるべきだろう?」
 なにを言っているのか。そりゃ、誕生日には払ってくれたけど、私と食事に行くときはいつだって割り勘じゃないか。いや、私がおごることだって珍しくない。それが、その女に対してはいい顔をしてみせている。
 私には見せない、よそ行きの「男」の顔をしているわけです。そして私と行った店に、知らない女を連れて行った。
 許せない。

 その夜、孝輝は、もう二度と彼女には会わないと、私に約束しました。
「ごめん。実は恋人がいる。もう会えない」
 私が見ている眼の前で、彼女にメッセージを送らせました。
 それで済めば許すつもりだったんです。

     *

 そうはなりませんでした。
 孝輝は、それからも「まなちゃん」と会っていたんです。
 あのあとは、私は毎日みたいに孝輝と会ったし、孝輝の電話をチェックするようになったんです。一ヵ月ほど「まなちゃん」からの連絡はなかった。問題はないように思えました。
 それで、ちょっと油断したのがいけなかったんですね。
 孝輝のやつ、いつの間にか、もうひとつ電話を持って、そこから「まなちゃん」と連絡していたんです。
 いずれにせよ、そこまですれば、完全に浮気。言い逃れはできませんよね。
 私も、さすがに孝輝の持ちものをぜんぶ調べたりはしませんもの。電話さえ見つからなければばれっこなかったんです。
 それが、なぜばれたかって?
 あるとき「まなちゃん」からのメッセージが、孝輝のもともとの電話に入って来たからですよ。
「昨日も楽しかった」
 って内容のもの。私と会っているさなかにね。ええ、今から思えば「まなちゃん」は、わざとそうしたんでしょうね。私にばれるよう、狙ったんでしょう。もちろん孝輝は咄嗟(とっさ)に電話を隠そうとしましたけれど、私がそれを逃すはずはありません。
「見せて」
 孝輝はしぶしぶ電話を私に渡すしかなかったんです。
「どういうこと?」
 私は訊きました。
「さあ?」
 とぼけようとはしていましたけどね。顔面蒼白(そうはく)。眼がうつろでした。
「なにか勘違いしているんじゃないかなあ」
「ふざけるな」
 また、追及と言い逃れの繰り返しです。でも、けっきょく孝輝は隠しきれる男じゃなかった。もうひとつの電話のことも、「まなちゃん」と会っていることも明かしてしまいました。
 もう「まなちゃん」と会うなと、私は言いませんでした。
「よくわかった。もうあんたとは会わない」
 こんな男、自分から見切りをつけてやる。
 その決断をしたんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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