よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

    三

 十年以上つき合って、別れるときはこんなものなのかな。
 しばらくは脱力していました。考える元気も出ない感じでしたね。昔からの友だちに愚痴をこぼす気にもなれなかった。
 ただ、仕事をする。同僚やお客さんと話す。元気はないのに、元気なふりをして、毎日をやり過ごしていました。
 いつも当たり前みたいに連絡をしていた相手がいなくなるって、本当に堪(こた)えますね。

 孝輝と別れる話をしてから、二週間も経(た)ったころかな。信次くんからメッセージが来たんです。
 会って、食事でもしないか、という誘いでした。
 どうしたかって? 会いました。会いたかったし、話がしたかったんです。信次くんなら、私のことも孝輝のこともよく知っている。現在の気持ちを話すなら、信次くんしかいないと思ったんです。
 信次くんは、今度の一件を知っていました。孝輝から聞いて、それで心配して連絡をくれたんです。
「兄貴も反省していたよ」
「反省?」
 私は、鼻先で笑っていました。
「信じられるわけがない」
 落ち込んではいましたが、だからといって孝輝ともとに戻れるとは思っていませんでした。
「そうだよな。兄貴が悪いよ」
 信次くんと話をしていると、あたたかい気持ちになれました。

     *

 会わなくなって半年くらい過ぎたころ。
 孝輝から頻繁に着信があるようになったんです。
 着信履歴が入っていても、かけ直しはしませんでした。長い半年のあいだ、毎日毎日、凹(へこ)みながら過ごすうち、孝輝は私の中でどんどん「別れた」過去の男になって来ていたんです。
 痛くないといえば嘘になるけど、ぜったいに許せはしない。受け入れない。
 だから、ずっと無視をしていました。
 でも、孝輝のやつ、しつこいんですよ。
 うんざりして着信拒否をしたら、今度は非通知の番号から電話がかかって来ました。ぜったいに孝輝だとわかってはいたけれど、根負けして出たんです。
「誰?」
「俺」
 孝輝の声でした。
「どこの俺さん?」
「厭味を言わないでくれよ。忙しい?」
「忙しいよ」
 私は思いっきり不機嫌な声を出してやりました。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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