よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

「暇な時間ない? いや、今日じゃなくていいんだよ」
「なくはない。けど、あんたにあげる時間はない」
「まだ怒っている?」
「当たり前じゃないですか?」
 わざと丁寧語を使って答えてやりました。
「話したいんだ」
「私は話したくないんです。切るよ」
「待ってくれよ」
 問答無用。切ってしまえばよかったのに、私もそこは甘かったというか、気になったんですね。孝輝の話というやつが。
「何なの?」
「彼女のことなんだ」
「聞きたくない」
 やはり電話を切ってやればよかった。けど、孝輝は口早にこう言ったんです。
「彼女は、俺のことを好きじゃない」
「へえ?」
 怒るというより、私はあきれていました。なにを言い出すのか、この男。
「彼女は結婚がしたいんだ」
「したら?」
 私の声は冷たかったと思います。
「言っただろう。彼女は俺を好きじゃない」
「好きじゃない男と結婚なんかしたがらないでしょう?」
「したいんだ。結婚だけがしたい。相手は俺でも誰でもいい」
「だったらほかの男を探せばいいのに。『まなちゃん』は、そんなにもてなさそうな女なわけ?」
 孝輝は口ごもりました。「どうだろう」
「不細工なの?」
「いや、そんなことはない。顔立ちは悪くない方だと思う」
「ほほう」
 別れたばかりの女に向かって、その原因となった女の容貌を褒める。いい気分がするはずはないです。
「美人なわけだ。問題ないじゃない」
「美人とまでは言わないよ。普通、いや、普通よりはいいかな。俺は嫌いじゃない顔だけど」
 そうかい。そうだろうよ。だから手を出したんだものね。
「性格はいくらか変わっている」
「そうですか、そうですか」
 厭味ったらしく相槌(あいづち)を打つ以外、なにも言葉は出ませんよね。
「お二人でうまくやればいいじゃない。ごちそうさま。切るよ」
「待ってくれ。そうじゃないんだ。どう言ったらいいのかな」
 孝輝の声は必死でした。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

Back number