よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

「うまくはやれそうにない。彼女は俺と一緒にいても、俺のことなんか気にしていないんだ。食事に行っても料理の写真ばかり撮っているし、誰かとメッセージのやりとりばかりしている」
 まあ、このごろは、そういう型(タイプ)の女も珍しくはないかもしれませんね。恋人といようが友だちといようが、お構いなしでほかの誰かに向けて情報を発信する。だからといって、恋人や友だちを蔑(ないがし)ろにしているつもりもない。愛情がないとは言いきれないですしね。
「話すことだって、自分の愚痴ばかりだ。同僚の看護師や患者の悪口」
 それを言われると、私も居心地が悪くなります。
 孝輝と別れる少し前は、私も似たようなものだったな。職場の不満や日々の鬱憤。自分の言いたいことしか言っていなかった。孝輝に対して気を遣って、話題を選んだりはしなかった。二人でいることに慣れ過ぎていたせいで、相手への思いやりを忘れていたような気がする。
「しかも、ただの愚痴じゃない。面倒くさい患者に睡眠剤を余分に飲ませたとか、態度の悪い患者に胃薬と偽って下剤を飲ませてやったとか、気に入らない同僚の飲みものに洗剤を入れてやったとか、物騒なことを言うんだ」
「本当に?」
 さすがに耳を疑いました。ほとんど犯罪じゃないですか。
「うん。でも、さすがになあ」
 孝輝の口調は自信なさげでした。
「たぶん冗談だ。笑いながら言っていたし。冗談のつもりなんだろうけど、笑えない」
「冗談にしても、性質(たち)が悪いね。実際に看護師さんなんだし、洒落(しゃれ)にならない」
「だよな」
 少し沈黙してから、思いきったように孝輝が言いました。
「お願いがあるんだ」
「なによ」
「彼女に会ってみてくれない?」
「はい?」
 この男、馬鹿なんじゃないの、と思いました。
「どうして私が」ゆっくりと言ってやりました。「あんたの新しい恋人に会わなきゃいけないの?」
「会ってみて、判断して欲しい」
「なにを?」
「彼女の気持ちを」
 だから、何で私が?
「女同士なら、明里にならわかるだろうと思うんだ。彼女がどんな女なのか、なにを考えているのか」
 会わなくても、これまでの話から「まなちゃん」がかなり性格の悪い女であることは、想像できます。
 会えばもっとわかるかもしれないけど、そんなことをする義理はありません。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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