よみもの・連載

本日はどうされました?

第八章 栗林明里(くりばやしあかり)の話

加藤 元Gen Kato

     四

 孝輝が死んだ夜。
 私は、信次くんと会っていました。

 孝輝は、酔っぱらって路上で寝てしまったところを、通りかかった自動車に轢(ひ)かれてしまったんです。
 孝輝の住んでいるマンションからほど近い、大通りから外れた一方通行の裏通りで、深夜には人通りも少ないんですが、抜け道として使う自動車だけは割合に通る道路でした。運が悪かったとしか言いようがありません。孝輝だけじゃない。轢いた自動車の運転手さんも気の毒です。
 連絡は、信次くんから受けました。ひどい衝撃でした。
「居酒屋で飲んでから、家まで帰る途中で寝てしまったらしいんだ」
 孝輝は、店を出るとき、そうとう酔っていたようです。足もとも覚束(おぼつか)ない感じだったと店員が証言していたと、警察のひとは信次くんに伝えたそうです。
 居酒屋で、孝輝はひとりではありませんでした。女のひとと一緒だったのです。
「『まなちゃん』?」
「わからない」
 孝輝は、電話も持っていなかったのです。私と別れてからは、もうひとつの電話は解約して、もともと持っていた電話だけにしていたようですが、その電話が所持品の中に見当たらない。酔って歩いているうち、どこかへ落としたのか。置き忘れたのか。けっきょく電話は見つからずじまいでした。
 孝輝は、まだ、私と信次くんのことは知らなかったと思います。少なくとも、信次くんは話していないと言っていました。
「遅かれ早かれわかることだから、話さなくてはね」
 そんな話を、孝輝が死んだその夜にも交わしていたんです。そして「まなちゃん」に困らされている孝輝の現状を冗談にして、笑っていた。
 病気が治って、一年足らずだったのに、孝輝はもうお酒を飲みだしていた。しかも少ない量じゃなかった。だけど、きっと、病気をしたぶん、以前よりお酒には弱くなっていたんでしょう。だから酔いつぶれてしまった。そりゃ、それまでだって、泥酔して電車の中で寝てしまって、高尾山口(たかおさんぐち)駅へ行ってしまったとか、公園のベンチで夜を明かしたとか、いろいろやらかしてはいましたけれど、道路で寝てしまうなんてことはありませんでした。
「気づいていたのかな、俺たちのこと」
 お葬式のあとで、信次くんが言いました。同じことを私も考えていました。
「気づいていたから、あんな酔い方をして、あんな風になったのかな」
 私たちは、二人とも、罪悪感で打ちのめされたような気分になったんです。

「まなちゃん」は、お葬式には来ませんでした。
 でも、孝輝の死を「まなちゃん」に伝える術(すべ)は、孝輝の電話がなくなっている以上、信次くんにも私にもなかったんです。わざわざE病院へ伝えに行く気にもなれませんでしたしね。
「まなちゃん」の存在が気にかからなかったわけではありませんが、信次くんにしても私にしても、それどころの精神状態ではなかったんです。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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