よみもの・連載

本日はどうされました?

第九章 藤井茉那(ふじいまな)の話

加藤 元Gen Kato

     一

 E病院にいたころの話を聞きたいとおっしゃるんですよね? 
 わたし、話をするの、うまくないんです。いいんでしょうか?

     *

 佐倉(さくら)さんにお会いになったんですよね。いいひとです、佐倉さん。最近はあまり会っていないけれど、年賀状はずっとやりとりしていました。でも、今年は出さなかった。佐倉さんだけじゃない。誰にも出していません。年賀状を書く気にはなれなかったんです。誰とも関わりたくない、繋(つな)がりたくない気持ちでした。
 だって、誰も、わたしからの年賀状なんて、待ってはいないんですから。
 そんな風に考えてはいけないと、先生からは言われています。メンタルクリニックの先生です。E病院を辞めてから、その病院に通っているんです。通院するとき以外、ほとんど外出もしない。佐倉さんからの連絡も、見て見ぬふりをしていました。申しわけないとは思うけれど、話をしたいと思えなかった。
 でも、いつまでもそんな風じゃ、いけませんよね。先生からもいつも言われています。わかってはいるんです。
 佐倉さんは、わたしを心配してくれたんです。それは信じていいんですよね。信じなければいけませんよね。
 それで、佐倉さんからのメッセージに返事を送って、会うことにして、会ってお話をして、あなたがE病院を取材しているということを聞きました。わたしの話を聞きたいと言っていたということも。
 E病院に関する噂(うわさ)は知っています。警察の方にも会いました。刑事さんがお二人、男性と女性でした。わたし、今よりもっと落ち込んでいた時期でしたし、感情的でもありましたから、E病院でのことを思い出すだけで泣いてしまったりして、あまり参考にはならなかったと思います。
 厭(いや)な、ひどい噂です。でも、噂のもとになるような不安を患者さんに抱かせてしまった、その根はわたしたち看護師の中にもあったのかもしれません。刑事さんたちにはそう言いました。
 刑事さんたちにお会いしたのはその一回だけです。だから、噂は噂に過ぎなかったんだろうと思っていました。
 けれど、まだあなたは取材をしているんですね。刑事さんたちにしたのと同じことしか話せませんけど、いいんでしょうか。
 正直なところ、E病院の話をするのは、まだ気が進みません。
 でも、佐倉さんはあなたに話を聞いてもらった方がいいと言うんです。確かに、わたしは内科病棟にいました。亡くなった患者さんたちと関わりました。そして、病院を辞めました。
 なぜなのか。
 E病院を辞める前、わたし、具合が悪かったんです。毎日、病院へ行くのがつらくてつらくて。ある朝、とうとうベッドから起き上がれなくなったんです。
 だから病院を辞めることにしたんです。
 以前にいた病院でも、いろいろあったけれど、こんなに苦しくはなかったように思います。

プロフィール

加藤元(かとう・げん) 1973年神奈川県生まれ。作家。2009年『山姫抄』で第四回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。11年に発表した『嫁の遺言』が大きな話題を呼ぶ。他の著書に『流転の薔薇』『ひかげ旅館へいらっしゃい』『四百三十円の神様』『好きなひとができました』など。

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