よみもの・連載

渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ

将来に悩むアラサー女性ライターの晶。
専門スキルを磨く?起業?それとも――結婚?
「次の一歩」を決めかねていて……。
大人気『インディゴの夜』シリーズ、前日譚!

『インディゴの夜』舞台化決定!
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第二話

加藤実秋Miaki Kato

 一週間後の夜、私は水道橋にいた。
 ハガキをくれた木津(きづ)さんに連絡を取ったところ、「会社に遊びに来てよ」と誘われたのだ。他のライター仲間の阿部(あべ)さんにも声をかけ、出かけることにした。
 木津さんの編集プロダクションは、水道橋の白山(はくさん)通りの裏手の雑居ビルに入っていた。このあたりには大学と専門学校の校舎が点在し、登山用品の店も目立つ。本の街・神保町(じんぼうちょう)が近いので出版関係の会社が多いが、木津さん曰(いわ)く「神保町より、ちょっと家賃が安い」そうだ。会社は狭いもののインテリアはしゃれていて、社員は木津さん以外に他の編集プロダクションから引き抜いたという男性と、マスコミ系の専門学校を出たばかりの女性で、どちらも歳は二十代前半。会社を案内してもらって、阿部さんと割り勘で買った開業祝いの観葉植物を渡し、近くのイタリアンレストランに移動した。
「木津さんはヘアやメイク、ダイエットみたいな美容系に強いのよね、会社でも、そっちの雑誌の特集とかムックの仕事をしていくの?」
 グラスワインで乾杯した後、私は訊(たず)ねた。
「ムック(Mook)」とは「Magazine」と「Book」を交ぜた名称だ。外見は厚くてしっかりした作りの雑誌で、内容は一つのテーマで一冊というものが多く、月刊誌や週刊誌の「別冊」として刊行される場合もある。
 赤いフレームの眼鏡をかけた木津さんは、グラスの縁に付いたベージュのリップグロスを親指で拭い、答えた。
「うん。取りあえずは取材と原稿を請け負うけど、そのうちレイアウトも社内でできるようにするつもり。そのために、パソコンはWindowsの他にMacintoshも買ったの。でも、デザイン用のソフトがバカ高くて。泣きそうになったわよ」
「いよいよ、誌面のデザインも社内でやる時代になったんだ。じゃあ、デザイナーも雇うの?」
「そのうちね。当分は、仕事が来たらその都度、フリーの人に来てもらう感じかな。誰かいい人を知ってる?」
「土橋(どばし)くんは、どうかな」
「土橋豪(ごう)? 売れっ子じゃない。来てもらえれば万々歳だけど、ギャラが高そう。そんなに払えないわよ」
「長い付き合いだから、なんとかなるかも。『お金はともかく、面白いことをやりたい』って、いつも言ってるし。訊いてみるわね」
「ありがとう。無茶してるのは、承知の上なのよ。でも、心意気っていうの? 出版社に対して、『新しい流れにも、うちは対応していきます』って姿勢を示さないとね」
 後半は熱っぽい口調になって語り、木津さんは顎を上げた。
「なるほど」と返した私の頭に、木津さんの会社の壁際に置かれていた、バカでかいブラウン管のモニターと、分厚く重たそうな、Macintoshのデスクトップパソコンが浮かぶ。木津さんの心意気は、スチール製の本棚にぎっしり並んだ美容系の雑誌や本とか、いい紙を使った社名入りの封筒とかからも、ひしひしと感じられた。しかし、「冷蔵庫には栄養ドリンクを常備してる」「徹夜明けの仮眠用に、社員に一つずつ寝袋を配った」と聞いた時には、「給料は雀の涙だろうし、社員の若い二人が逃げ出さないか」と他人事ながら心配になった。

プロフィール

加藤実秋(かとう・みあき) 1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。
『インディゴの夜』シリーズの他の著書に「モップガール」シリーズ、「アー・ユー・テディ?」シリーズ、「メゾン・ド・ポリス」シリーズなどがある。


インディゴの夜
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