よみもの・連載

渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ

第二話

加藤実秋Miaki Kato

「でも本当に、思いきったよねえ。有限とはいえ、『会社』で『社長』だし……ねえ、阿部さん」
 私が話を振ると、煙草をふかしていた阿部さんがこちらを見た。両耳を出したベリーショートで、ピアスの穴を右耳に一つ、左耳に三つ開けている。
 音楽好きの阿部さんは、学生時代はロックバンドでベースを弾いていたという。私とは同業者が集まる飲み会で知り合い、八〇年代に流行った洋楽の話で盛り上がって、仲良くなった。音楽系の雑誌で記事を書いていたが、九〇年代後半にビジュアル系バンドがブームになった時に、「ついて行けない」と感じたそうで、その後はジャンルを選ばず仕事をしている。
「うん。すごいよね……そうだ。私、名刺を新しくしたの。渡しておくね」
 タバコを灰皿に押しつけ、阿部さんは空いた席に置いたバッグから名刺入れを出して、私と木津さんに配った。
「『メディカルライター』?」
 名刺に書かれた肩書きを見て、木津さんが反応した。頷(うなず)き、阿部さんは答える。
「今後は、そう名乗ることにしたの。このところ、病気とか健康法について書くことが増えてたし、ちょっと前に健康雑誌がブームになったでしょ」
「知ってる。『わかさ』とか『壮快』とかね。健康実用書って、何年かに一度ものすごいベストセラーが出て話題になるけど、最近は健康ってジャンルそのものが人気なんでしょ。これも、高齢化の影響かなあ」
「それが、若い子も読んでるらしいのよ。とにかく、このジャンルは今後伸びると思う。高原(たかはら)さんも、書いてみない? 知り合いの編集者に、『ライターを紹介して欲しい』って頼まれてるの」
「健康ものか。雑誌の企画で、何度か医者や薬剤師を取材した程度だけど。でも面白そうだし、やってみようかな」
「了解。先方に伝えて、連絡するね」
 頷いてから、阿部さんはわずかに眉を寄せてこう付け加えた。
「でも、その編集者が昔気質(むかしかたぎ)っていうか、こだわりが強いっていうか、合う合わないが、はっきりしてるタイプなの。会ってみて『無理』と思ったら、私のことは気にせずに断ってね」
「わかった……しかし、二人ともしっかり『次の一手』を打ってるわよね。私も見習わなきゃ」
 ある程度の年齢とキャリアを重ね、「来た仕事はなんでもやります」という時代を卒業したライターが次に進む道として、いくつかのパターンがある。
 一つ目が、木津さんのように編集プロダクションを立ち上げる方法。主な仕事は大手出版社の下請けだが、社員を百人以上抱える大きなプロダクションもあるし、その後、自社で書籍を出して出版社になったところも知っている。二つ目が、一つのジャンルを選んで「○○ライター」「××ジャーナリスト」と名乗り、そのジャンルのオーソリティとなる阿部さんのパターン。三つ目は新人賞を受賞したり、書いたものが編集者に認められたりして、小説家やエッセイストになるパターンで、こちらはもともと小説やエッセイを書きたくて、修行のためにライターをしていた、という人が多い。

プロフィール

加藤実秋(かとう・みあき) 1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。
『インディゴの夜』シリーズの他の著書に「モップガール」シリーズ、「アー・ユー・テディ?」シリーズ、「メゾン・ド・ポリス」シリーズなどがある。


インディゴの夜
Back number