よみもの・連載

渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ

第二話

加藤実秋Miaki Kato

 歳は木津さんが私より少し上、阿部さんは少し下だが同じ頃にデビューし、仕事がない時には紹介し合ったり、「クビになった」とか「原稿料を踏み倒された」とか言う時には一緒に落ち込んだり、怒ったりしてきた。そんな二人がいち早く、迷うことなく、さらに先へと進む道を歩きだしている。頼もしく思い、刺激をもらう反面、このところ抱いていた焦りがさらに強まった。
 思い出したように、木津さんが話題を変えた。
「そうそう。知ってる? ライターの青井(あおい)さんが、メゾン・マガジン社の編集者と結婚したんだって」
「え〜っ! 知らなかった。すごい」
「青井さん、やったわね」
 私と阿部さんはつい大きな声を出してしまい、料理を運んで来た店員の女が、驚いて皿をテーブルに置く手を止めた。
 メゾン・マガジン社は銀座にある大手の出版社で、社員の待遇がいいので知られ、「ボーナスが三百万円」「社員食堂がタダ」等々噂(うわさ)されている。
 編集プロダクションを立ち上げたり、一定のジャンルのオーソリティになるのとはちょっと方向が違うが、女性ライターが次に進む道として、「結婚」もある。家事や育児に支障のない程度に仕事を続ける人がいる一方、すぱっと辞めて主婦業に専念する人も、意外と多い。どちらのパターンにしろ、大手出版社の社員と結婚した人は、「成功者」「勝ち組」として羨望の対象になる。
「あら、高原さんだってじきに、なんじゃない? 彼氏は、大企業に勤めるエリートエンジニアなんでしょ」
 三つの皿にパスタを取り分けながら、木津さんが問うた。私は手のひらを大きく横に振って答えた。
「いやいや。そんなまだ、全然」
 一志(かずし)とはほとんど毎日メールや電話をしているが、あれから旅行の話は出ていない。私なりに、いろいろ考えている。しかし、「気持ちは嬉(うれ)しいんだけど、でもな」というところから進まず、足踏み状態だ。
 木津さんが渡してくれたパスタをフォークに巻き付けながら、阿部さんが言った。
「高原さんって、実は経営者向きかもよ。前に一緒に組んで仕事をして、思った。一匹狼なようでいてリーダーシップがとれるし、人もよく見てる。まあ、それって主婦や母親になっても活(い)かせる能力だけど」
「えっ。そう?」
 つい訊(き)き返した私に、阿部さんはパスタを頬張りながら深々と頷き、木津さんも、「あ〜。言えるかも」と同意した。
 確かに、なんでも一人でマイペースでやりたいと思う反面、関わりを持った人とは上手くやりたいし、変なところが気になったり、目に付いたりする。経営者云々(うんぬん)は阿部さんの思い違いだとしても、主婦や母親にはちょっと心が揺れる。付き合っている男の言葉より、仕事仲間二人の「物書きの目」に反応してしまうのも、一種の職業病かもしれない。

プロフィール

加藤実秋(かとう・みあき) 1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。
『インディゴの夜』シリーズの他の著書に「モップガール」シリーズ、「アー・ユー・テディ?」シリーズ、「メゾン・ド・ポリス」シリーズなどがある。


インディゴの夜
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