よみもの・連載

渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ

第二話

加藤実秋Miaki Kato

     2

「それ、思いっきり外濠(そとぼり)を埋めにかかられてますよね。金沢に行ったら、もう逃げられませんよ」
 丸く大きな目をさらに大きくしてコメントし、土橋(どばし)くんはカウンター席で隣に座った私を見た。振り返って左右を確認してから、私は返した。
「だよね」
「ですよ。実家で彼氏の両親が、手ぐすね引いて待ち構えてるパターンでしょう。とくに、お母さん」
「えっ。品定めされるってこと?」
「当たり前じゃないですか。高原さんは、彼氏が店の人に丁寧に接して、威張り散らしたりしないところに惹(ひ)かれたんですよね? それって、しつけの賜(たまもの)でしょ。育ちも良さそうだし、マザコンまではいかなくても、彼氏は、かなりお母さんの影響を受けてますね」
「ちょっと。声が大きい」
 注意すると土橋くんは「すみません」と頭を下げたが、へらへらしていて反省する様子はない。
 土橋くんはフリーのエディトリアルデザイナーで、センスがよく、Macintoshの扱いにも慣れている。木津さんの会社に行った翌日、私はさっそく土橋くんに連絡を取った。詳しい話をしようと三日後の今日、世田谷の三宿(みしゅく)のバーで会っている。
 彼の自宅兼仕事場があるこのあたりは、マスコミ関係者に人気で、他にも数人、仕事仲間の自宅や事務所がある。交通の便は全然よくないが、それが「隠れ家」的な魅力になっているようで、九〇年代前半から小じゃれたバーやレストランなどが増え始め、芸能人御用達の店も多いと聞く。
 このバーもその一つなのか、雰囲気はいいがやたらと暗く、客も若い子ばかりで、いまいち落ち着かない。奥にはDJブースもあり、ハンチング帽を前後逆にかぶった若い男が、レコードをとっかえひっかえしながら曲をかけている。その姿を見てさっき、「あのDJの人、レコードの表面を思いっきり撫(な)でたりこすったりしてるんだけど、大丈夫なの? 私が子どもの頃は、『レコードは必ず縁を持って、プレーヤーにかけたら針をそっと落として少し離れた場所で曲を聴くように』って教わったんだけど」と訊ねたところ、土橋くんに「取りあえずあれは、『プレーヤー』じゃなく『ターンテーブル』です」と苦笑された。
「でも、高原さんと彼氏はいい夫婦になるんじゃないかな。ていうのも、理系のエリート男子と元ヤンキーの女子カップルって、結構いるらしいんですよ」
 コロナビールの瓶を口に運び、土橋くんがまた語りだした。突き出しのミックスナッツをつまんで、私は「『ヤンキー』じゃなく、『ツッパリ』」と訂正してから、
「そうなの?」
 と先を促した。頷き、土橋くんは話を続けた。
「医学とか物理とかの研究所や実験施設って、だいたい郊外にあるじゃないですか。で、事務とか雑用の職員は、地元の女性を採用することが多いんですって。その中には元ヤンキー、じゃないツッパリの人もいて、研究者と付き合って結婚ってパターンが珍しくない、って聞きました。理系エリートってガリ勉の純粋培養で、研究以外のことはなんにもできない人が多いから、ツッパリ女子に、『なにやってんのよ!』ってちゃちゃっと仕切って、ぐいぐい引っ張ってもらうのがいいみたいですよ」

プロフィール

加藤実秋(かとう・みあき) 1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。
『インディゴの夜』シリーズの他の著書に「モップガール」シリーズ、「アー・ユー・テディ?」シリーズ、「メゾン・ド・ポリス」シリーズなどがある。


インディゴの夜
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