よみもの・連載

渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ

将来に悩むアラサー女性ライターの晶。
専門スキルを磨く?起業?それとも――結婚?
「次の一歩」を決めかねていて……。
大人気『インディゴの夜』シリーズ、前日譚!

『インディゴの夜』舞台化決定!
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第三話

加藤実秋Miaki Kato

「――だから、出会いを待っていないで、自分で動かなきゃ。たとえば」
 ふいに黙り、洸星(こうせい)は視線を横にずらした。顎(あご)を引いて瞬きし、目に力を込めるのがわかる。私の肩越しにカメラマンがレンズを向けているので、ポーズを取ったのだろう。
 シャッターを切る音が数回し、カメラマンが移動する気配があったので、私は質問を続けた。
「『たとえば』なんですか?」
「ええと……すみません。なんの話をしていたんでしたっけ?」
 首をかしげ、あっけらかんと聞き返された。
 この人、さっき出勤して来たばっかりで、まだしらふよね? 大丈夫か? 浮かんだ突っ込みはおくびにも出さず、私は笑顔で説明した。
「『GET(ゲット)』の読者モデルからの、『出会いがなくて困ってる』という恋愛相談です。売れっ子ホストの洸星さんならではの、奥義(おうぎ)を教えて下さい」
 言いながら、テーブルに置いた『GET』の最新号と、相談者の読者モデルの写真を見せる。傍(かたわ)らには今日の取材の企画書と、録音ランプが点った小型のカセットレコーダーも置かれている。
「ああ、はい。そうでしたね……イメチェンをするといいんじゃないかな。たとえば、この彼は眼鏡をかけてるから、コンタクトに替えるとか」
「奥義」どころか、ベタ中のベタ。脱力しながらかろうじて、「なるほど」と返し、私はソファの背もたれに寄りかかった。ふんと、後ろに立つ塩谷(しおや)さんも鼻を鳴らした。しかし洸星はしたり顔で「コンタクト、絶対いいよ」とさらに言い、金髪に近いライトブラウンに染めた長い前髪を掻(か)き上げた。
 ここ数日、私と塩谷さんはカメラマンを伴い、都内のホストクラブを取材している。今日が最終日で、ホストクラブの聖地・新宿歌舞伎町(かぶきちょう)に来た。
 広々とした店内の壁は、すべてガラス張りで金メッキの縁取りがされ、テーブルは人造大理石。頭上には、一抱えほどもありそうなシャンデリアが取り付けられているが、天井が低いのでバランスがおかしい。総じて、「ゴージャス」を狙ったものの、センス、予算、その他の関係で、出来上がったのはひたすら派手な空間、という印象だ。それでも人気店らしく、午前一時の開店を過ぎたばかりだが、ペイズリー柄の客席のソファは八割方埋まっている。煙草(タバコ)の紫煙とボリュームが大きめのJ─POPが流れる中、客の女の相手をするホストたちは、茶髪のショートレイヤーヘアで、ダークカラーまたは純白のスーツをまとい、三つ目までボタンを外したワイシャツの胸元から覗(のぞ)くのは、日サロで焼いた黒い肌、がお約束だ。
「じゃあ最後に、今後の目標とか、やってみたいことを教えて下さい」
 レコーダーの中で回っているカセットテープの残量を横目で確認し、私は問うた。店の端のコーナーを、取材スペースとして使わせてもらっている。
 洸星は考え込むように首をかしげ、黒いスーツのジャケットのポケットから煙草の箱を出して一本抜き取った。とたんに、後ろで控えていた新人ホストが右腕を伸ばしてライターで煙草に火を点(つ)ける。右腕の手首には左手を添えていて、「後輩が先輩の煙草に火を点けたり、お酌をしたりする時には、片手は御法度」だそうだ。

プロフィール

加藤実秋(かとう・みあき) 1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。
『インディゴの夜』シリーズの他の著書に「モップガール」シリーズ、「アー・ユー・テディ?」シリーズ、「メゾン・ド・ポリス」シリーズなどがある。


インディゴの夜
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