よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第一回

川上健一Kenichi Kawakami

「俺も六時半には行くよ。今度のゴルフコンペの打ち合わせをしよう」
「おう、そうするか。チッパーにも早く来いって電話しておく。いや、あれもどうせ暇だから早く来るだろうからいいか。じゃあ、予定通り六時半にな」
 山田は電話を切った。
 チッパーは横浜で火災報知機設置の会社を経営している。小澤一夫(おざわかずお)という名前で、やはり高校の同級生だ。ゴルフ仲間ではチッパー小澤と呼ばれている。グリーンが見えたら何が何でもチッパーしか使わないのでそう呼ばれるようになった。仕事の性質上、夜に保守点検を依頼されることも多く、本当は昼夜に関係なく忙しいのだが、同級生の集まりには必ず時間通りにやってくる。
 チッパーばかりではなく、東京近郊にいる水沼の高校の同級生たちはみなそうだった。何日に集まろうと話がまとまると、必ずその日時にはやってくる。遅れて来る者はほとんどいない。ましてやキャンセルする者は皆無だった。それぞれに問題や悩みを抱えているのだろうが、みんな朗らかに田舎弁丸出しで話し、笑って帰る。愚痴や悩み事をいう者は一人もいない。
 日頃のストレスが浄化されるから、みんな何をさておいてもかけつけるのではないかと山田が分析し、水沼もそうなのだろうと納得している。水沼が自身、この同級生の集まりに出ると、リフレッシュされて元気になるからだ。
 水沼は受話器の内線ボタンを押した。
 はい根本です、と返事があり、
「根本(ねもと)君、進行状況を確認したいんだ。デザインルームにきてくれる?」
 と水沼はいう。
「いまクライアントの連絡待ちなんです。三十分後でいいですか?」
「オーケー。じゃあ三十分後」
 水沼は受話器を置く。広告代理店から依頼されて、自動車関係のCM制作を進めているもうひとつのチームがあり、根本はそのチームの社内のディレクターだった。
 水沼は違う内線のボタンを押した。
「はーい」
 かすれ声が返ってきた。佐伯安里の声だ。
「『初恋』デザインの打ち合わせをしたいから、いまからそっちに行くけどいい?」
「はーい。張り切ってどうぞ」
 佐伯安里は朗らかにいう。
 水沼はフッと笑みを浮かべ、受話器を置いて立ち上がる。
 歩きかけて足を止めた。
 座っている時は見えなかった西の空の高みに、きれいなうろこ雲が連なっていた。水沼はうろこ雲を見つめ、
「初恋か……」
 とつぶやく。それからまた小さくため息をついた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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