よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第二回

川上健一Kenichi Kawakami

「はいよ、水沼。青森のいいホタテが入ったんだよ。今日野辺地(のへじ)から送ってきたんだ」
 カウンターから山本摂が太い腕を伸ばして皿を差し出す。水沼はホタテの刺身が大好物だ。『山ゆう』にいいホタテが入った日は、黙っていても山本摂が出してくれる。水沼は受け取って、煮込みとタコのぶつ切りを注文する。それから山田を見て、
「それにしても小学一年生かよ。ませてたなあ。小澤はどうだ? 覚えてるか、初恋?」
 といってビールを飲む。
 小澤は照れくさそうに忘れたといい、口をモゴモゴ動かしていたが、ひとつ大きく息を吸って決心したように、
「そうだなあ、本当はやっぱり覚えてる。俺は中学一年生だなあ。新任の音楽の先生で、大人のいい匂いがしてのぼせてしまったよなあ。それが初恋だよ」
 と顔を赤くする。
「なるほどなあ。新任の音楽の先生か。女っぽい感じがするよなあ。惚れるのも分かるような気がするなあ。それでお前ら、その初恋の相手を思い出すことがあるか?」
「ほんのたまにだな。ほとんど忘れてる」
「俺も。ほとんど思い出さないけどね」
 山田と小澤が首を振る。
「俺さ、最近寝ても覚めても初恋の相手のことばっかり考えてるんだよ」
 そういって水沼はまたため息をつく。
「お前の初恋っていつだよ?」
 山田がビールのジョッキを持ち上げていう。
「小学五年生。同級生だった女で、北海道から転校してきた子だ。お前覚えてるか?」
「おお、夏沢みどりか。何だ、イガ(お前)、あれば好ぎだったのがよ。あいつ高校二年生の時にまた北海道さ転校していったよな。つき合っていだったのが? 接吻したが? へっぺまでいったのが?」
「お前じゃあるまいし、片思いだよ」
「片思いだあ? 好ぎだって告白しねがったのが?」
「まっさが(まさか)よ。でぎる訳ねえ。こう見えても俺は純情なんだからな。口もきけなくて遠くからチラチラ見るだけだったなあ」
「嘘つけ」
 と小澤が吹き出す。
「一泊コンペにいくと、必ずコンパニオン独り占めしてイチャイチャしてるじゃないよ。どこが純情なんだよ」
「何へってらど、このホンジナシ。あれは人生相談。どういう訳か、どごさいっても(どこへいっても)コンパニオンとは人生相談になっちゃうんだよなあ。大学生活がつまんないだの、彼氏がヤキモチ焼きで困っちゃうだの、やりたいことが見つからないだの、そったらごどばかり相談されてしまうんだよ」
 と水沼はぼやく。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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