よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第四回

川上健一Kenichi Kawakami

「ビヌール、このバガッコ! 二人の会話っこの邪魔すんなってば!」
「いいから。むんつけてないで(不機嫌になっていないで)出発だ。スタート時間に間に合わないぞ」
 水沼が山田を急かす。
「おっと、そうだな。じゃあおねいさん、またね。さあて行ぐど!」
「待て待てッ。幌をかけろ! まさかこのままオープンで出発するつもりじゃないだろうな?」
 後部座席から小澤ががなる。
「何へってらど!(何いってんだ!)クレージーキャッツC調大作戦はオープンだべせ! 張り切っていぐべし!(いこう!)」
「冗談だろう?」
「まんつな(まあな)。んでも、景気づけにこればやんねば(これをやらなくちゃ)気分出ない!」
 山田はニンマリ笑って独りごちる。左腕を突き出し、
「ウイッヒヒヒ、さあ行ってみよう! スイスイスーダララッタスラスラスイスイスイと!」
 植木等よろしく節をつけてがなり立てる。とたんに車が勢いよくスタートする。
「あ、ダメです!」
 と美人さんが、
「おいおいおい!」
 と水沼が、
「バカ! ストップ! ストップだってば!」
 と小澤の三人が同時に叫ぶ。
 オープンカーは勢いよく発車して、屋根のある車止めの外に飛び出してしまう。とたんに車内に雨のシャワーが降り落ちる。小雨だが、車内は雨ざらしとなってしまう。
「ありゃりゃりゃあ!」
 山田が慌ててブレーキを踏み、
「ウワッ」
「イテ!」
 水沼と小澤がガクンと前につんのめる。
「バカ! 何すんだよ! バックバック!」
 小澤が怒鳴り、
「ヤバイ!」
 山田は急いで屋根の下に車を戻す。
「いやっはは、どでんしたなあ!(びっくりしたなあ!)調子にのって思わずアクセル踏んじまったよなあ。ハハハハ」
「人ごとみたいにいうなッ、このバガッコ! びしょ濡れになったじゃないか!」
 後部座席の小澤が目を吊り上げる。
「何だか前途多難だなあ」
 と水沼は苦笑する。
「大丈夫ですか!?」
 美人さんが憮然とした面持ちで目を瞬き、急いで店内に走る。すぐにタオルを何枚も持って戻ってきた。
「いや、ありがとね」
 と山田が手を伸ばし、ごめんね、悪いねと水沼と小澤もタオルを受け取ろうと美人さんに手を差し出す。が、三人は手を差し出したまま呆気に取られて固まる。
 美人さんは三人を無視すると、オープンカーの車内を物凄い勢いで拭き始めた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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