よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第六回

川上健一Kenichi Kawakami

 買い物袋を下げた小柄な白髪の婦人がゆっくりとした足どりで近づいてくる。おかっぱの白髪。真っ直ぐに三人を見て近づいてくる。水沼が一歩前へ出る。
「あの、すみません。168番地の7という家はその家でしょうか?」
 と平屋の家を指さしながらいう。
「どちら様ですか? どんなご用?」
 とりすました口調。白髪の婦人はうさん臭そうな目で三人を見上げる。
「あ、いや、怪しい者ではありませんよ。168番地の7の家を探しているんです。番地のプレートがないもので、確かめようがないんです」
「ですからどんなご用ですか?」
 老婦人は用心して三人を見回す。
 口を開きかけた水沼を制して山田がいう。「いやあ函館の奥さん、おらどは青森出身でなし」人懐こい笑顔。十和田語のくだけた口調。それでいて丁寧に語りかけ、敬意を払っている。「みんな中学の同級生で、こんど卒業して半世紀振りに、初めて同期会をやるべがってごどになってなし。へで、同期会名簿を作るべしってごどになったんですよ」
「あら、青森の人なの?」
「んだす。十和田だ」
「やっぱり。その言葉は南部の人だわ」
「え? したら、もしかして奥さんも青森の出がい?」
 山田は大袈裟に驚いてみせる。
「そう。私は五所川原出身よ」
「あいやー、ナは津軽がい。うれっしーなしー。知らねどごで同郷人さ会えるとホッとするなー」
「同郷人って、津軽と南部は昔敵同士で仲悪いじゃない。それにナは津軽言葉で南部ではイガっていうよ。本当に十和田出身?」
 疑う言葉とは裏腹に同郷人だと分かって硬かった表情が緩む。
「何へってらっきゃー、奥さん。確かにほんだども、仲っこ悪いのは昔の話しっこだっきゃ。それに我イだっきゃ津軽弁もわんつかへれるのっしー。転勤で青森市に居だごどあるのえ。いやいやいやいや、地獄でお釈迦様とは奥さんのことだ。実はなしー」
 山田は落ち着き払って方言丸出しで訪ねてきた訳を話す。人懐こい笑顔を忘れずに。
 白髪の婦人は山田の話を聞き終えると、
「ああ夏沢さんね。いい人たちだったから覚えてる。何十年も前に、確かにその家に住んでたわよ。168番地の7よ。私の家は隣のこの家で168番地の8」
「いやあ、そうですか。やっぱりここだったんだ。そうか、ここに住んでたんだ」
 水沼は感慨深げに家を見回す。どこかに夏沢みどりの思い出につながる何かがあるかもしれないと、期待に胸を膨らませて目を凝らす。荒れ果てた屋敷にそんな面影はあるはずもなく、じきにしょぼしょぼと目を瞬く。
「夏沢さんのご家族が住んでいた昔の古い家は解体されて、これは持ち主が建て替えた家だけどね。しばらく持ち主が夫婦で住んでいたんだけど、年取ったので神奈川にいる息子さんの所に行ってしまったのよ。たまに息子さんが来て家の周りをきれいにしていくんだけど、年に一、二回じゃあねえ、やっぱり荒れちゃうのよねえ」
「それで、みどりさんは、あの、夏沢さんの家族はどこへ引っ越していったか分かりますか? もしかして今住んでる所が分かるとか」
 と水沼はいう。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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