よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第六回

川上健一Kenichi Kawakami

「あら、あんたは東京の人なの? みんな青森の同級生じゃないの?」
 白髪の婦人は水沼を見返して眉をひそめる。目に警戒感が表れた。
「いやいやいや奥さん、このバガッコも青森生まれだ。小学校から高校までずっと同級生。んだども東京が長いもんだから、ワは都会人だってエフリこいてんのよ」
 山田は白髪の婦人に盛大にお愛想笑いをしながら水沼の前に出る。
「あらそうなの。私もカッコつけてる訳じゃないけど、長いことここに住んでるから津軽の言葉はすっかり忘れてしまったわ。あのね、夏沢さんのご家族はね、ずいぶん前にご主人の転勤で札幌に引っ越していったの。今も札幌にいるかどうかは分からないわねえ。あ、そうだ、もしかしたら引っ越して行った住所が分かるかもしれない。確か、引っ越ししてすぐに奥さんからお礼の手紙が来てたはず。ちょっと待ってて」
 白髪の婦人はそそくさと家に入っていく。後ろ姿を見送った山田は水沼と小澤を振り向く。
「あのな、人にものを尋ねる時は標準語だと相手が構えてしまって警戒する場合があるんだよ。訛り言葉で話すと相手は気を許すことが多い。これ営業の基本。覚えておけ」
「そんな営業の基本ってある訳ないだろう」
 と小澤は鼻で笑う。
「バガッコこの! 自他ともに認める業界ナンバーワンの営業マンといわれるこの俺が、長年の経験則から得た貴重な営業テクニックだ。ありがたく拝聴しろ」
「自はどうでもいいけど、他って誰がだよ?」
「俺たちの業界に決まってるだろう。こう見えても業界では一目おかれているんだからな」
「なるほど。それで談合の首謀者になったって訳か」
 小澤はずけずけという。
「こらこらこら。人聞き悪いことズケッとへるな。だからな、やむにやまれぬ事情があるんだよ」
「シッ。出てきたぞッ」
 水沼は二人を黙らせる。白髪の婦人が封書を振りかざしながらやってきた。得意満面といった様子だ。
「ほらね。やっぱりあったあった。私って几帳面だからね、手紙はちゃんと取っておくのよ。それもね、一年毎にまとめてしまっておくのよ。レシートもそう。全部取ってある。旅行に行った時の写真もアルバムごとに整理してあって、食べた食堂の割り箸の紙袋とかも写真と一緒に貼ってあるんだよ。そうするとその時どんなご飯を食べたか思い出せて楽しめるじゃない」
 くだけた口調でぺらぺらしゃべる。
「それで引っ越した先は札幌だったんですか?」
 水沼はまた一歩前に進み出て封筒に手を伸ばす。
 とたんに白髪の婦人はまた眉を寄せて封筒を引っ込める。山田があわてて水沼を引っ張りながら、
「いやいやいや、さすがは津軽の奥さんだ。しっかりしてるごど。何十年も前の手紙っこなのにすぐにめっけでくるなんて、すごい記憶力だ。奥さんみたいな美人でしっかり者で如才ない人と結婚できた旦那様はなんもかもうらやましいなあ」
 臆面もなくおべっかを使ってとりつくろう。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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