よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第七回

川上健一Kenichi Kawakami

「悪知恵と談合は関係ねえってば。とにかく、そうとなったらチャッチャど(早いとこ)出発だ。バヤバヤしてればとっ捕まってしまうかもしれねど。函館のイカ食いたかったどもまたくればいい。俺はいつになるか分からんけどな。ねぷたぐなったら(眠くなったら)高速のサービスエリアでも脇道でも入って車の中で寝てもいいし、どっかのさびれたモーテルに入ってもいい。ここまでは捜査の手が回らんだろうというくらいのボロモーテルだったらいがんべ」
「あのね、今はモーテルっていわないの。ラブホ。お前は談合の首謀者だっていうのに本当にホンジナシ(何も分かってないアホ)だよねえ」
「だからな、ホンジナシもホンジアルも談合とは関係ねえってば」
 ベンチのすぐ近くまでやってきていたよちよち歩きのカモメが、誰かに呼ばれたように海を振り向くとためらいもせずに意を決して飛びすさった。甲高い一鳴きを残して羽ばたいていく。ねぐらに帰るのか、それとも仲間の所に行くのかもしれない。水沼はカモメが消えた夜空を見上げる。それから暗い湾内を見回す。繋留されている船やビルの明かり、街灯やネオンが黒くねっとりした海に映えて光っている。色付きのクリームを散らした大きなコーヒーゼリーのようだ。風はまだ暖かく微風だ。港町にはどこか異国情緒が漂っている。それでもこの波止場の景色は夏沢みどりが見ていた頃とは変わっているはずだ。彼女が歩いていた頃の景色は近代的な建物やビルが今よりは少なくて、もっと落ち着いたしっとりした趣があって、異国情緒も濃いものだったことだろう。高校生の彼女はその景色の中を、いつもの小さな笑みをたたえ、背筋をスッと伸ばしてさっそうと歩いていたに違いない。
 季節外れの観光波止場は閑散としてどこかものさびしく、歩いている観光客もチラホラだ。食事時になればいまよりは少し賑やかになるのかもしれない。車も少ない。ひそひそ話をしているような小さな喧騒が港の息づかいのように聞こえる。
「とにかく、旅を続けることで文句はないよな。決めたぞ。じゃあ行こう」
 水沼は二人を見やる。
「おう。行ぐべし(行こう)」
 と山田がうなずく。
「逃避行かあ。ウー、何だかワクワクしてきたよ」
 小澤はまた拳を作って両腕を突き出し、ブルブル震えさせる。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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