よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第七回

川上健一Kenichi Kawakami

「しょうがないな。ちゃんと語源があるんだよ。いいか、ホンジナシっていうのはね、ベベンベン!」
「何だど? そのベベンベン! ってへるのは?(いうのは?)」
 と山田。
「三味線だよ。講談師がしゃべくりまくっている時に三味線の合いの手が入るでしょう?
 あれと同じでベベンベン! ってやると勢いがついてしゃべりやすいんだよ。いいから黙って聞いてよ。今から百五十年ほど前、土佐清水に生まれた万次郎、ご存じ後のジョン万次郎、三軒茶屋の居酒屋ではないぞ、ベベンベン! 十四歳の時、急に中トロが食いたくなりマグロを獲りに漁に出ました。あのね、ちなみに中トロだけでは海を泳いでいません。当たり前だけど。それと俺は中トロ大トロより赤身が好きだけどね。冷凍でない生の赤身ね。ベベンベン! このジョン万次郎が遭難して運良くアメリカのクジラ捕りの漁船に助けられ、アメリカの西海岸にたどり着いたというのが日本人で初めてアメリカ大陸に渡ったやつだといわれておりますが、どっこい、実は歴史の中に埋もれた事件があってその十年も前にジョン万次郎よりも先に渡ったやつがおります。その名もニコライ・ママハゲ三之丞(さんのじょう)!」
「ベベンベン!」
 水沼と山田が二重唱で割り込むと、
「勝手にベベンベン! っていうなよッ。俺がいわないと調子が出ないんだよ」
 と小澤が一喝して続ける。
「このニコライ・ママハゲ三之丞、昔の青森県は下北半島の漁村、大間に生まれし漁師で、元々の名前はただの三之丞。歌舞伎役者のようなたいそうな名前だけど秋田のナマハゲも尻尾を巻いてコソコソ逃げ出す恐ろしい風貌で人相が悪い。パンッ、パパンパン!」
「何だど?『今度のパンッ、パパンパン!』は? 三之丞がパンば(を)コビリ(おやつ)にかじってたのが?」
「いいから黙っていてってば。講談師が扇子を机に叩きつける音なの。この三之丞、ナマハゲよりもおっかないし、母親は継母、これがまた聖母マリアさまのようなとってもやさしい継母で三之丞は継母に弱い。それはいいとして三之丞は若いけどちょっとハゲあがっている。だからナマハゲと継母、若ハゲをごちゃ混ぜにしてできたあだ名がママハゲ。ベベンベン! いつも漁に出る時は津軽海峡で大立ち回りの末に手に入れたニコライ帽をかぶっている。相手は松前でロシアと密貿易を派手にしまくっている悪徳回船業者『海坊主の二六』。数字の二と六と書いてニロクと読む」
「パンッ、パパンパン!」
 と山田が膝を叩きながら同じ調子で合いの手を入れ、水沼が笑うと、
「いいからお前らは合いの手を入れるなっていうのッ。調子狂うなあ。自分でいわないと弁舌なめらかといかないんだよ。もう絶対にベベンベン! もパパンパン! もいうなよ」
 小澤はきっぱり釘を刺してから気を取り直して続けた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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