よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第七回

川上健一Kenichi Kawakami

 小澤が眠ってしまったのでどの道を行くかの議論は水沼と山田だけになり、
「お前らを巻き込みたくないから高速道路で行こう。山道なんか行って捕まったらお前らは無罪放免じゃなくなるかもしれない」
 と山田に押し切られて高速道路に乗ったのだ。
「おい、小澤に気をつけていた方がいいな」
 助手席の山田が後ろに顎をしゃくる動作でいい、
「うん。珍しいよな。こんなバカバカしい人生なんて糞くらえとか、ホンジナシの駄洒落とか、長々としゃべるとかなんて初めてだ。しかも講談調だ。洒落っ気がある小澤なんて初めてだ。何があったか分からんけどカミサンとの離婚話のこと、大したことないっていってたけど結構ダメージ大きそうだな」
 水沼は高速道路の制限速度を十キロほどオーバーしながら、幌(ほろ)を被せた黄色いオープンカーを走らせた。
「んだおんたな(そうみたいだな)。クソ真面目なやつがタガ外れて弾けると、とんでもないことしでかすからな。さっきの講釈が始まりがもな。まずは高い所と、川、湖、海、それに踏み切りは注意だ。あとは原生林にもな。それとドアはそっちでロックしておけ。しょっちゅうバックミラーでシートベルトしてるか確認しろよ」
「それって自殺するってことか? まさか。突拍子もないことはするかもしれんけど自殺まではしないだろう」
「うんにゃ、レディー・カガさまとの離婚話に落ち込んでるんだが逃避行に興奮してんだが知らねども、あのはしゃぎ様はタダでねど(普通じゃないぞ)。ゲだ(異常だ)。落ち込んでいたのが反動でめちゃくちゃハイになってる。何かの拍子に逆反動がきてズボッと底無し沼に落ち込んでみろ、発作的に何しでかすか分かったもんじゃねえど。おらだじあ(おれたちは)ドデンしねおに(驚かないように)心の準備して最悪でも自殺しねおに(しないように)気をつけておぐべし」
 それから少しして山田もこっくりし始め、すぐに寝息をたてるようになったのだった。
 水沼はずっとアクセルを一定に保って車を操っている。
 若い頃はよく夜のドライブに出かけていた。車が少なくて快適なドライブを楽しめた。行き先を決めて出かけることも、目的を決めずに気の向くままハンドルを握って走り続けることもした。一人だけの気ままなドライブが多かった。照明のシャワーを浴びて東京の夜をのんびり流したり、闇に浮かぶ高速道路をどこまでも走り続けた。音楽に身を委ねたり、あれこれに思いを巡らせながらのドライブは心地好かった。夜っぴて京都まで走ってそのまま戻ってきたり、日本海の夜明けを見てすぐに引き返したこともある。いつの頃からかそんな夜のドライブはしなくなってしまった。
 それにしても小澤のやつのはしゃぎ様はどうしたものだろう──。山田は重罪になるのだろうか──。夏沢みどりはどんな変わりようなのだろう──。髪は白くなっているのだろうか。えくぼの笑顔はあの頃のままだろうか──。あれこれの思いが浮かんでは流れ去っていく。
 水沼は虻田洞爺湖インターチェンジで高速道路を出た。暗い噴火湾に沿って走る高速道路にパトカー、白バイはいなかった。反対車線でもすれ違わなかった。そのまま高速道路を札幌まで走ってもよかったが、それでは夜明け前に到着してしまう計算になり、早朝から訪ねる訳にもいかないのでどこかで時間をつぶさなければならない。高速道路のサービスエリアで仮眠を取ればいいのだが、これまで水沼はサービスエリアでの仮眠が苦手だった。何度か夜のサービスエリアで仮眠しようとしてみたが、神経が冴えて眠ることができなかった。山田と小澤は相変わらずの姿勢のまま眠りこけていて、高速を下りて一般道に入っても気づいていない。カーナビによれば、洞爺湖、中山峠、定山渓温泉をたどる山道をのんびり走っていけば、明るくなってからのちょうどいい時間に札幌に到着することになっている。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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