よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第八回

川上健一Kenichi Kawakami

 寝ぼけているようなぼんやりとした朝日が昇り始めた。車内に流れるラジオのニュースはTTP交渉決裂、消費税問題で予算委員会紛糾、殺人事件、閣僚の不正支出事件、海外での自爆テロ事件……、スポーツニュース、天気予報と進んで終わったが、東京湾湾岸巨額談合事件にはひと言も触れなかった。
 札幌の市街地に入って水沼はコンビニエンス・ストアの駐車場に車を停めた。朝になっても温かい空気は残っていた。三人はサンドイッチと飲み物、新聞を買い、車内に戻って朝食をとりながら山田が新聞を広げる。巨額談合事件は一面に出ていたがトップ扱いではなく、TTP交渉決裂の後だった。内容は昨日のラジオのニュースと同じで、重要な役割を果たしたとみられる大水陸建設会社の営業部長の行方が分からず、特捜部は所在の確認を急いでいる、とある。
「会社に捜査に入ったんだったら、特捜部は俺が有給休暇とっていると分かったはずだ。へだのに何で行方が分からずって簡単に済ませているんだ? 有給休暇中で旅行していて電話を切っているから連絡が取れず、その足取りを追っている、とかってちゃんと事実を発表すべぎでねが。これだと俺がトンズラしたって印象で悪者扱いだ」
 山田が不満そうに眉を寄せる。
「新聞記者が長々と書くのが面倒くさかったんだよ。それとも公正取引委員会が長々と発表するのが面倒くさかったかだね」
 小澤があっさりいってペットボトルのお茶を飲む。
 そうかもなと水沼が続ける。
「強制捜査に入ったけど有給休暇をとった後でとり逃がしたと発表すると、捜査が一歩遅かったのではと批判されるかもしれないから行方が分からないにしたのかもな。その方が木ンコン感爺山田に悪賢い不届き者だという印象を与えられるから都合がよかったんだな、きっと」
「確かにほだがもなあ(そうかもなあ)。出社していないから特捜部は家に行ったはずだよ。んだども家はもぬけの殻で特捜部は慌てたかもな。後手後手に回ってしまって、その失態を隠すためにそのことば伏せて行方が分からないとしたのかもな」
「もぬけの殻って、レディー・カガ様がいるじゃないか」
「レディー・カガは女子会で台湾うまいものツアーさ行ってる。帰ってくるのは明後日だ」
「お前、それで気が大きくなったのか。逃避行で捕まっても奥さんにニュースで見られることはないからな」
「それは関係ね。おらほのレディー・カガは肝っ玉据わってるすけな。どったら状況になってもデンと構えてる」
「まあ山田の名前と写真が載ってないだけいいじゃない」
 小澤が新聞を覗き込んでいう。
「あだりめだ。まんだ犯罪者と断定された訳じゃねえ。そったらごどしたら人権侵害だ。それにな、首謀者は俺一人でねえの。何十社も関係してくるでかい仕事の時は幹事役の会社が数社あって、そこの担当者たちが調整役になる。だから俺一人が首謀者じゃなくて首謀者の一人なんだよ。それもちゃんと書いてね。昨日のラジオもそのことはへってねがったな」
「だからね、長々としゃべったり書いたりするのが面倒くさかったんだよ。それに口八丁手八丁のお前のことだから、幹事役たちのとりまとめをやってたに決まってる。やってたんだろう? だから首謀者でいいんだよ」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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