よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第八回

川上健一Kenichi Kawakami

「だから普通に走ればいいじゃない。黙っていても目立つ車だからここにいれば気づかれてしまうよ。気づいていないような感じだから、一か八かなら黙っているより逃げた方が気づかれない確率は高いよ」
「よし。出発するぞ」
 水沼はエンジンを始動させる。確かにこのまま留まってパトカーをやり過ごすには車が目立ちすぎる。いやでも目に入ってしまう色だ。
「追いかけてきたらスティーブ・マックインの『ブリット』みたいにぶっ飛ばしてカーチェイスしてよね。ウーッ、映画みたいで興奮してきたッ」
「まかせとけ。シートベルト締めておけよ」
 水沼は小澤の調子に合わせてハンドルを握る両手に力を込めてやる。交差点に停車しているパトカーを警戒しつつギアをドライブに入れてサイドブレーキを解除する。
「バ、バガッコこの! イガど(お前たち)何へってらど! そったらごどしたら全員逮捕だど! 水沼、お前目付きが変わってるど! どうどうどう。落ち着け落ち着け。入れ込むな! ゆっくりだ! ゆっくりだど。普通にな。カーチェイスが目的でねがらなッ。みどりちゃんば捜す旅なんだからなッ」
「分かってる。ちょっと小澤を喜ばせただけだ。小澤、残念だけど俺の腕前じゃカーチェイスは無理だ。だけど一か八か作戦は決行だ」
 水沼はそろりと車を動かして道に出ると、パトカーとは反対方向にハンドルを切る。バックミラーにパトカーが映る。まだ交差点で止まっている。赤色灯を点滅させてこっちに向かってくる気配はない。コンビニエンス・ストアを出ると、水沼はすぐに横町の細い道を左折する。住宅と畑と空き地が連続する真っ直ぐな道だ。
「あ!」
 突然山田が声を上げる。
「パトカーか?」
 水沼はてっきりパトカーが追いかけてきたのかとバックミラーを見上げる。パトカーは現れていない。道や路地、建物の陰をキョロキョロと見回してみるが、パトカーも白バイも制服警官もいないし私服の捜査員とおぼしき人影もない。防寒服に身を包んだ白髪のおばあさんが一人、腕をグルグル回してのんびり歩いているだけだ。
「どっかにパトカー見えたのか?」
「んでね。コンビニはまいねじゃ(だめだな)。防犯カメラがあるからワ(俺)の姿がバッチリ映ってる。あのパトカー、さっきのコンビニの映像見てかけつけてきたのかもな」
「それはないよ。だっていまさっきコンビニに入って出てきたばかりだよ。いくらなんでも早すぎる」
 小澤がばかなこというなよという調子で苦笑しながらいう。
「パトロールしている近くのパトカーとか交番さ(に)自動的に近くのコンビニの映像が送られるってことになってるがもしれねど。日本の警察はハイテクも駆使していで優秀だはんでの(だからな)」
「考えすぎだって。そんな話きいたことないよ。街はコンビニだらけだからいちいちリアルタイムでチェックできっこないよ」
 小澤がいい終わらないうちに水沼はまた左にハンドルを切って狭い道に入る。直進すればパトカーが止まっていた交差点の道に出ることになる。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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