連載
初恋父(と)っちゃ
第九回 川上健一 Kenichi Kawakami

「ただ確かめるためにが? だあへば、俺だと分がったら任意同行を求めるべさ。しなかったというのは俺だと分がんねがったからだよ」
「それで何だって山田が出頭した方がいいんだ? 命に関わるってどういうことだ?」
 水沼は前方を見据えてハンドルを固定させたままいう。
「やばいんだよ。山田、お前殺されるかも」
「殺される? 誰に?」
「殺し屋に決まってるだろうが」
「殺し屋? 何だって山田が殺されなくちゃならないんだよ?」
「日本の建設業のオールスターと巨大都市東京が結託しての史上最大の官製談合になるかもしれないっていってたじゃないか。とすれば必ず大物政治家が何人もからんでいる。大物政治家がからんでいるとすれば、いろいろ取り仕切っている大物政商の黒幕もからんでいるはずだ。捜査が進めば日本中を揺るがす大スキャンダルになるかもしれない。そうだろう山田?」
「大物政治家がからんでるかどうかは俺クラスじゃ分からんよ」
「絶対にそうだよ。それで談合で結託しているみんなが考えた。談合事件の首謀者と目されているお前がいなくなればみんながほっかむりを決め込んで真相をうやむやにできる。事件の真相は闇に消える。お前が死んでくれれば会社は助かるし、業界も助かるし都も政治家も助かる。特捜部は政界から圧力を受けているはずだから、お前が死んでくれればお前一人を悪者にして事件を幕引きにすることができる。みんながお前が永遠にいなくなることを願っているんだよ。ということはお前さえ消してしまえば全ては丸く収まるということだ。それで政治家、都庁、建設業界、警察、特捜部、みんなが協議して黒幕の政商に殺人を相談して、黒幕がよっしゃ分かったとお前に殺し屋を差し向ける。殺し屋はお前を自殺に見せかけて殺す。そういうシナリオができているんだ。だからさっきのパトカーの警官はお前を逮捕しなかった。逮捕しないで上司に連絡して、上司はもっと上の偉いさんに連絡して、偉いさんは誰かに連絡して、誰かが政治家に連絡して、政治家は黒幕に、黒幕は殺し屋に連絡した。もしかしたら殺人許可証を持つ秘密警察があるのかもしれない。そこの部署のエージェントに連絡がいって殺人者を差し向けたのかもしれない。絶対に警察も一枚かんでいる。日本の警察は優秀だ。さっきのパトカーの警官はお前が誰かちゃんと分かっていた。なのに逃がしたということはそういうことなんだよ」
 小澤は興奮して口から泡を飛ばす勢いだ。
 水沼は山田と顔を見合わせる。山田は鼻で笑って首を振る。
「お前なあ、だから映画の見すぎだってば。そんなのは映画とか小説の世界の話だ。警察と殺し屋が手を握ってるなんてあり得ない」
 と水沼は呆れて首を振る。
「何いってんだ。事実は小説より奇なりっていうじゃないか。殺人許可証を持つ秘密警察がきっとある」
「マンガじゃあるまいし。それに俺たちが一緒にいるんだから、山田を自殺に見せかけて殺すことなんてできないじゃないか」
「そんなの簡単だよ。山田が一人になった時にさらってブスリだ。切腹に見せかければいい。一番簡単なのは断崖絶壁から突き落とすことだ」
「今時切腹自殺なんかするやつがいるかよ」
「いや待て待て。確かに俺が死ねば、俺一人を悪者にして幕引きすることができる。後は都庁の誰か一人に罪を着せてお終いだ。なるほど小澤大先生のいう通りかもしれん」
 山田は真面目くさった物言いで前方を見据えたままうなずく。景色の向こうの何かを見る目付きだ。



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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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