よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十一回

川上健一Kenichi Kawakami

 車内はにわかに緊迫した空気に包まれてきた。水沼はギュッとハンドルを握りしめてアクセルを踏む。エンジンが唸(うな)り、徐々にスピードが上がる。スピードメーターの針が百キロを超えた。それでもダンプカーはピタリと後についている。もっとスピード上げろと山田が続けざまにいい、小澤がぶっ飛ばせ! 殺されるぞ! と叫び続ける。水沼はハンドルにしがみついてグイとアクセルを吹かす。さらにスピードが増してスピードメーターの針が百十キロを超えた。前方を走行している車はいない。対向車線を走ってくる乗用車があっという間にすれ違って通りすぎた。スピードを上げたのでバックミラーのダンプカーとの距離をやっと均等に保てるようになった。それでも三十メートルほどの至近距離に迫っているので極めて危険な状況に変わりはない。スピードを弛(ゆる)めたら一瞬のうちに激突されてしまう。道は平坦(へいたん)でゆるやかに左に曲がり始めた。千歳東出口1キロの標識板がヒュンと一瞬のうちに飛び去った。すぐに追い越し区間に入って片側二車線になった。

「ちょっとスピードを落として様子をみるか。俺たちに関係ないダンプだったら追い越して通りすぎるはずだ」
 水沼は早口にいう。 
「んだな。わんつか(少し)スピードば落としてみべし。殺し屋のダンプでねがったら追い越して行ぐよな」
 と山田はいった。
「ダメだダメだ! スピード落とすな! 追いつかれてみろ、オカマ掘られるか脇に来てこっちに急ハンドル切られてペシャンコに潰されてしまうぞ! サスペンス映画ではそういうシーンがいっぱいだッ。あいつは本気だ。見てみろあの顔。目が吊(つ)り上がって鬼みたいな形相でハンドルにしがみついている!」
 小澤は後ろ向きになったまま両手を背もたれにバシバシ叩(たた)きつける。よじれた背中に緊張感が満ちている。
 水沼はバックミラーでダンプカーの運転手の顔を確認しようとするが、暗くて表情までは見えない。ダンプカーは追い越し車線へと進路を変更する気配がなく右ウインカーの点滅もない。
「追い越し車線に移らないでぴったりついてくる。千歳東出口で降りるんじゃないか?」
 水沼はいった。
 千歳東出口が迫ってもダンプカーは減速もせずウインカーも出さない。千歳東出口を通りすぎた。ダンプカーは猛スピードでピタリとついてくる。
「やばいぞこれは。何を考えてるんだ、あの馬鹿野郎は!」
 水沼は髪の毛が逆立った表情に変わった。視線はバックミラーと前方とを忙(せわ)しなく往復する。「飛ばせ! ぶっ飛ばせ! 振り切って逃げるんだ!」
 小澤が叫び続ける。
「やがましね! 小澤、お前ちょっと黙れ。水沼、とにかく追いつかれるな。あどわんつかでキウスパーキングエリアだ。そごさ逃げ込んでみべしッ。パーキングエリアは防犯カメラが設置されてあるはずだから手出しできないはずだッ」
 と山田が前方を指し示していった。水沼はギュッと口を結んでうなずく。二人とも無言になった。小澤だけが飛ばせと声をからしている。キウスパーキングエリアへの入り口が近づいてきた。水沼は左ウインカーを点灯させる。するとダンプカーの左ウインカーがチカチカ点滅した。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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