よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十一回

川上健一Kenichi Kawakami

 山田と小澤が連れ立ってトイレに行き、水沼は駐車スペースに車をきっちり収めた。所定の場所に停められた黄色いかわいい車は居心地よさそうにエンジンを止めた。辺り一面、紅葉した落ち葉が散らばっている。水沼は外に出て改めて駐車場を見回した。トイレの前のダンプカー。駐車スペースに白い綺麗(きれい)な乗用車。ピカピカに磨き上げられている。中に人は乗っていない。それから右端に停めてある青い二トントラックを見た。荷台には何も積んでいない。空荷だった。トイレの建物から出てきた若者が軽快な動作で元気よく運転席に乗り込み、すぐに出発して駐車場を後にした。
 小さな駐車エリアの周囲は緑地帯になっていた。刈り込んだ草地に遊歩道が巡らされていて紅葉の林の中に続いている。丸みを帯びた太い×印を横に倒して置いたような奇妙な形をしたベンチが二つ、距離を空けて設(しつら)えてある。まるでオブジェのようだ。女が一人、ベンチに座って、明るい日差しの中をふんわり舞いながら降り落ちてくる色とりどりの落ち葉を見上げている。若くはなかったが年寄りという感じでもなかった。ベージュのコートによく映える様々な色合いが混じり合ったストールを巻いている。
 ガラクタ、ガラクタと聞こえる変なエンジン音がして水沼は振り向いた。黒と茶色の斑(まだら)模様の見すぼらしいワンボックスカーがパーキングエリアに入ってきた。近づいてくると、斑模様に見えたのは塗装がはげて白い縁取りの大きな茶色い錆(さび)があちこちに浮いているからだと分かった。運転席と助手席に人が乗っていて二人とも頭に白い何かを被っている。マフラーはいまにも外れそうなくらいに垂れ下がっていて、車内には何やら荷物が満載されている。荷物の積みすぎなのだろう、小さなタイヤが懸命に踏ん張っているように平べったく潰れていた。ガラクタ、ガラクタと音を立ててパーキングエリアの端までやってくると、駐車スペースからはみ出して停車した。バックドアが巨大なこん棒で殴られでもしたかのように大きく凹(へこ)んで歪んでいた。収まるべき所にちゃんと収まっていないようで、下の方に少し隙間ができている。その他にもぶつけたのかぶつけられたのか、車体はあちこち凸凹だらけだった。擦(こす)った大きな傷跡もついている。解体屋の敷地に野積みされているポンコツ自動車の方がまだ増しといってもいいぐらいにボロボロのワンボックスカーだった。停車したオンボロワンボックスカーが揺れた。すぐに運転席側のドアが開いた。ドアはスムーズに開かず、ギイ、ギイと痰(たん)がからんで咳(せ)き込むような音がした。少し開いては止まり、また少し開いては止まり、ということを何度か繰り返し、やっとという感じでドアが開き、中から児童が通学する時に着用しているような白いヘルメットを被った小柄な老人の男が出てきた。猫背で長い白髪がヘルメットからはみ出して広がっている。古ぼけた厚手の黒いジャンパーを着ていた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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