よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十一回

川上健一Kenichi Kawakami

「懐かしいな。『マイムマイム』。落ち葉の動きにピッタリですね。中学生の時にフォークダンスで踊りました」
「私もです。あのメロディーはいくつになっても覚えているものですね。落ち葉が楽しそうに踊っているのを見たら、『マイムマイム』のメロディーが浮かんだので歌ってあげたくなっちゃいました」
「『マイムマイム』に楽しい思い出があるから浮かんだんですね。私には残念な思い出しかありません。やっと次は好きな女子と踊れる、彼女と手をつなげるとドキドキすると、決まってそこで音楽が終わってダンスも終わりになっちゃって、好きな女子と踊れずじまいだったんです。『オクラホマミキサー』も決まってそうでした」
「その女の子もきっとガッカリしたと思いますわ。私もそうだったんです。次に好きな男子と踊れる、きたきた、やっときた、やっと踊れる順番がきたって浮かれると」
「曲が終わっちゃう」
「そうなんです。どうしてなんでしようね。必ずそうなるんです」
 水沼と彼女は顔を見合わせて笑う。彼女のへの字目が打ち解けた表情になって二人の距離が一気に縮まった。
「キューピッドが意地悪しているとしか思えませんでした」
 と女がいう。
「あなたもですか。私だけが神様に意地悪されたのかと思っていましたよ。同じ目にあっている人がいたなんて、何だかホッとするなあ」
「おかしいですね。フォークダンスで同じ思い出がある人と偶然知り合うなんて」
 と彼女は笑った。水沼と話をしている間中ずっとへの字目の笑顔だった。いつでもこうなのだろうと水沼は思った。
 二人の親密な空気を打ち破るように、大きな足音がして水沼は振り向いた。山田と小澤がにやにやしながらトイレのある建物の方から近づいてくる。二人とも、自動販売機で買った飲料水のペットボトルを手にしている。
「何だ何だ、もうナンパしたのか。隅に置けないやつだなあ」
 と山田が冗談めかして囃(はや)し立てた。
 何を人聞きの悪いこというんだと水沼は打ち消し、これまでの事の顛末(てんまつ)を話した。そういうことかと山田がうなずくと、
「あらカノコオ、もう男を引っかけたのオ? それも三人もオ。さすがはクラス一のモテ女だわア」
 反対側から女の声が聞こえた。二人の女が立っていた。林の中の散歩道を歩いてきたらしかった。水沼としゃべっていた女と同じ年格好で、声をかけてきた女は体形にピッタリフィットするジーンズに赤いダウンジャケット、頭にグレーのソフトハットを被っている。どんな事でも面白がるようなキラキラと輝く目を持っていた。もう一人はモスグリーンのハーフコートと足首の所で裾がすぼまっただっふりとしたパンツ姿、カラフルなニット帽を頭を包むようにすっぽり被っていた。水沼と一緒にいたカノコと呼ばれた女は口に手を当ててクスクス笑った。違うわよと彼女はクスクス笑いながらいい、ヘルメットを被ったままベンチに座っている老人と老婦人を水沼と一緒になって助けたことを話した。
「あらそうだったのオ。そういえばあなたたち、あのダンプカーに追いかけられていたんじゃないイ? そんな感じだったわよ、何か悪さをしたのオ?」
 とジーンズの女はトイレの前のダンプカーを指さしていった。言葉尻の母音が伸びあがるような特色のあるしゃべり方だった。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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