よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十一回

川上健一Kenichi Kawakami

「そうなんだよね。てっきり映画の『激突!』になりそうだったんだよ」
 と小澤がジーンズの女に負けないぐらいに目を輝かせた。
「待じろ待じろ(待て待て)。はあ映画は無しだ。映画の話っこはなんもへるな(しゃべるな)。映画の話っこせばロクな事になんねすけな」山田が小澤に釘を刺してから女たちにいった。「俺たちが勘違いしただけなんだよ。向こうはトイレが我慢できないだけだったんだけど、こっちはてっきり煽られてんだとおっかなくなって、それでここに逃げ込んだって訳でね」
 ダンプカーのエンジン音が轟いて、大きな車体がガタガタと身震いした。男女六人の場所までゆっくりとやってきた。どうやらトイレでの長い腸運動が無事に終わって平和が訪れたようだ。悪かったねと謝るようにパンと短くクラクションを鳴らして、運転手が笑顔で水沼たちに手を振って走り去った。
「それにしてもあの年寄りたち、ヘルメットをしたまま車に乗っているなんて珍しいよね。工事関係者じゃないのにさ。工事関係者だって公道走る時はヘルメット被んないからね。それなのに今もヘルメット被ったままだし、もしかしたら起きている時はずっとヘルメット被ってるんだろうか?」
 小澤がベンチの老人たちを見て訝(いぶか)しげな表情をした。全員が老人たちを見やる。老人たちの白いヘルメットに木漏れ日がチラチラ揺れて目にまぶしい。
「寝てる時もヘルメットってことはないわよねえ」
 とカラフルなニット帽の女があっけらかんといって、もう何いってんのよとカノコと呼ばれた女が苦笑した。
「でも本当に珍しいわよねエ。あの車もひどいしさア。悪いけどオ、あんなオンボロ車初めて見たわア。あれでよく走れるもんだわア。あんな車が走ってるなんて珍しいんじゃないイ?」
 とジーパン女が呆れたようにいい、小澤と山田が追随して本当に珍しいよなあと口々に″珍しい″を連発した。
 みんなの″珍しい″の連発を聞いていた水沼の耳に、もう一つの″珍しい″が蘇って加わった。今朝、札幌の夏沢みどりの家族が住んでいた場所に建つ会社を訪ねた時に聞いた″珍しい″だった。
 ――珍しいと思ったものです。確か、そう、夏沢さん――
 社内史を編纂(へんさん)している男の声だった。
「そうか。そうだよな。何で気づかなかったんだろう」
 空を見上げた水沼の口からポロリと言葉がこぼれる。青い空に秋の白い雲と冬の始まりの灰色の雲が浮いている。そろそろバトンタッチしようかと話し合っているように、絡み合いながらゆっくりと流れていく。
「何? 何が気づかなかったんだ?」
 と山田が水沼に顔を向けた。
「名前だよ。名前のことをよく考えればよかったんだ。そうか。それでいけばいいんだ」
 水沼は希望の光りを見つけて明るく顔を輝かせ、広く大きな空を見上げた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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