よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十二回

川上健一Kenichi Kawakami

「おい水沼。あのやんわり笑っているやさしそうな彼女の電話番号聞いておいだべな?」
 と山田が彼女たちの後ろ姿を目で追いながら水沼にいう。
「まさか。さっき会ったばっかりだぞ」
「何? 交換してねっってが? 空気読めねホンツケナシ(ダメなやつ)だな。あの彼女といい雰囲気になってるってのに、ほったら時は電話番号聞くのが礼儀ってもんだべせ。バガッコだもんだ」
「会ったばっかりなのにそんな失礼なことできるか。そんな礼儀は聞いたことない。それより閃(ひらめ)いたんだよ。あのな」
 水沼が閃いた考えを披露しようとするが、山田は言葉をかぶせて黙らせた。
「何へってらど、このホンジナシ。今も名残惜しそうにイガ(お前)ば見て笑ってたでねが。ヤジあねえバガッコだもんだ。女心が分がってね。間違いねぐイガのこどば憎からず思ってたんで。ほれだのに電話番号聞かねなんて彼女に失礼だべせ。このジグナシ(度胸無し)。それにいい女だったでねが。へでもワだばジーンズ女の方がいがったどもな。あのアッケラカンとしたところが男心をくすぐる」
「俺はスラッとしたニット帽の女の方がいいな」と小澤が白い乗用車に乗り込む女たちを見つめながらいう。「理知的で冷たそうでスパッと潔い感じがいいよなあ。俺は彼女で山田はジーンズ女で水沼は笑ってるやさしそうな女でバッチリパートナー成立だ。追いかけて行ってお茶でもしないかって誘ってみるか?」
「ええどええど、小澤大先生。そうこなくっちゃ。人生ダメモトの方が面白いと気がついたなんて、イガもやっとおがったなあ(一人前になったなあ)」
 山田はニンマリ笑う。
「お前のこと軽薄でどうしようもないやつだとバカにしてたけど、確かにたまには人生ダメモトをした方が面白いと思えてきたんだよ。どうせ俺の人生ひっくり返ったんだからさ。となれば面白おかしくいかなくちゃ。それにしてもお前のような軽薄なやつが何だって大会社の部長になれるのか不思議でしょうがないよ」
「何へってらど、このオ。俺は能あるスカンクは屁(へ)を隠すってやつだ。まあ、だからこの世は不思議がいっぱいで面白いということを俺が立証しているってとこだべな。それにイガの人生まだひっくり返ってねべせ。ひっくり返りそうだっていう破滅の淵に立っているってだけだべせ」
「いや、ひっくり返るよ。ってさ、お前だって史上最大級の悪徳談合がバレて、巨悪組織から抹殺されるかもしれないっていう破滅の淵に立ってるじゃないか。それはともかく、カミサンと息子には本当に頭にきてんだ。ちゃぶ台を思いっ切りひっくり返してやる。そんなのはいいとして、どうだ、あの女たちをナンパしてみるか?」
「イガもまだ調子こいて大胆だな。いいどいいど小澤大先生。人生当たって砕けろだ。さあ、しかがれ!(とりかかれ!)」
「よし。行こう水沼」
 小澤の目が爛々(らんらん)と輝いた。鼻の穴を広げている。
「いや、だけど、彼女たちはどっかに行く予定がありそうだったじゃないか。上手(うま)くいくはずないよ」と水沼はいった。
「あ、ちょっと待て! そうだよ! 忘れてた! 山田だ! 殺し屋だ! 彼女たちは山田を消すために送り込まれた暗殺者かもしれない」
 急転直下、小澤の表情が固まる。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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