よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十二回

川上健一Kenichi Kawakami

 高速道路から夕張へと向かう国道は静まり返っていた。風もなく穏やかな視界の中を、水沼は収穫を終えた畑やメロンのハウスが続くゆるやかに曲がる道に従ってハンドルを動かし、市役所がある中心部を目指して運転していった。なだらかに連なる丘とその向こうの低い山並みは、紅葉に染まった広葉樹と常緑樹の緑が折り重なるように連なってカラフルな絨毯(じゅうたん)を敷きつめたような景色だった。その中に色鮮やかな黄色の塊が点々とクリスマスツリーの電飾のように輝いている。すれ違う車は散発的で、道にも周辺のどこにも人影は無い。黄色いオープンカーの屋根は閉じられていた。助手席の山田がクレージーキャッツの映画のようにオープンにして賑々(にぎにぎ)しく行こうと提案したが、後部座席に座る小澤が頑(かたく)なに拒んだ。オープンにすると風を巻き込んで後ろの席では暴風が吹き荒れる。夏なら気持ちいいが秋も深まった今では全身に寒風が突き刺さる。函館でこれを返して違うレンタカー屋で普通の乗用車にしようとあれほどいったのにと小澤はぶつくさ文句を言い続けた。開けたり閉めたりするのはいちいち面倒くさいし、開ければ寒いし日に焼けるし、それに色が黄色で目立ち過ぎる。これではすぐに警察につかまるし、殺し屋たちにも見つかりやすいじゃないか。ケネディ大統領だってオープンカーに乗っていたから暗殺されたんだ。お前らあの暗殺された瞬間のドキュメント映画見ただろう?
 助手席の山田は聞き流して、
「へで初恋父(と)っちゃ(オヤジ)よ、そろそろ次の集落辺りで公衆電話見つけて、検索の結果ば聞いてもえんでねが?」
 と運転している水沼にいった。
 道東自動車道の夕張インターチェンジを下りてすぐの街の公衆電話で、水沼は東京の自分の会社に電話をして北海道に夏沢という苗字があるかどうか、あったら何軒か、どこの地区にあるのかも調べてみてくれと頼んでおいた。
「合点。了解しました。バスケのターンオーバーみたいな速攻でピューッとやっつけます。そんなことならすぐ分かりますよ」電話に出たデザイナーの佐伯安里(さえきあんり)は軽快な口調で軽く請け合った。「こっちの『初恋』の進行状況は万事順調です。そっちの『初恋』はいかがですか? 何か発見はありましたか?」
「まだ何ともいえないなあ。とにかく苗字のことは急いでいるから速攻でよろしく。俺の携帯、バッテリーが切れてるからつながらないんだ。だからこっちから連絡する。じゃあ頼むね」
 といって水沼は電話を切った。それから一時間以上経(た)っている。もう結果が分かっている頃だ。水沼は山田にそうしようと返事する。土が剥(む)き出しの丸裸の畑が広がる田園風景の中に集落が見えてきた。小さな集落で急勾配の屋根を持つ古びた家々が肩を寄せるように集まっている。集落に入ると一軒の商店が目に留まった。正面だけがリノベーションされて綺麗(きれい)に体裁を整えているが、側面は色あせて古ぼけたままだった。
 公衆電話は無かった。集落はまるで人気が無く、ゴーストタウンのようだ。水沼は公衆電話を探しながらゆっくりと車を走らせた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

Back number