よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十二回

川上健一Kenichi Kawakami

「そうだね。夏沢さんは一軒も無しだからしょうがないか。手がかりが無くなったもんね。でも旅がつまらなくなったって訳じゃない。何しろ談合の首謀者に加担してのスリル満点の逃避行だからね。よし。じゃあ当初のスケジュールから初恋を切り取って、ワクワクドキドキミステリーツアーを続けよう。夕張で映画の世界に浸って、札幌に戻って山田おすすめのカニ屋とクラブで酒池肉林、余市(よいち)でニッカウヰスキーの工場だけにしかない最高のシングルモルトウイスキーを飲んで感動して、それで増毛(ましけ)へ行って海に浮かぶ絶景グリーンでゴルフして、日本最北の日本酒の蔵元を訪ねて美味(うま)い酒で気分よく酔っぱらうって旅にしよう。もちろんコンパニオンつきだ。それにいつ逮捕されるか分からないってスリルもついてる。横浜に帰ればちゃぶ台ひっくり返さなければならないから、北海道にいる間は楽しい日々を楽しもう!」
「どうどうどう。落ち着げ。イガ(お前)この、ヤケクソになねで(ならないで)レディー・カガ様どは(女房とは)仲直りしろってば。この歳になれば何は無くても古女房だべせ。それに、みどりちゃんの手がかりは消えた訳でねど(無いよ)。イガど(お前たち)は淡泊だすけワガネ(ダメだ)。道産子は心根があったかいってへったべせ(いったろう)。人を親切にもてなすのが好きなんだよ。寄ってけ、食ってけ、泊まってけ。これが道産子の気質だ。へだすけ(だから)これにすがるんだよ」
「どういうことだ?」
 と水沼はいう。
「まあ、ワさまがへろ(俺に任せろ)。人生ネバーギブアップ。勝負はこれからだ。まだまだワクワクドキドキ・クレージーキャッツC調大作戦初恋父(と)っちゃ・ジグナシツアーは続くど。いやはや長げえツアー名だな。デが(誰が)考えだもんだんだが、ホニホニホニ……って、ワが(俺か)。まあいいや。あのな。大丈夫だ。みどりちゃんの消息だばツアー中に絶対に分がる。さきた(さっき)気がついたんだよ。道産子の底力ばなめたらアカン! って」
 山田は語尾に関西弁を足して力強く自信満々にいう。
「大丈夫はいいけど」とすかさず小澤がいう。「お前が逮捕されて連れ去られた時のために、俺らにそのすがる作戦を教えておいた方がいいんじゃないか?」
 それもそうだなと山田はあっさり納得してうなずいた。「あのな、その昔、不祥事発覚する前の雪印は全国区のメジャー企業だったろう? だから北海道には雪印関係者がいっぱいいた」と標準語でいう。「そこで俺の人脈を駆使して雪印に勤めていた人を紹介してもらう。夏沢は珍しい名前だから、道産子気質にすがって蜘蛛(くも)の糸を広げてもらえば、絶対にみどりちゃんの親父さんを知っている人がひっかかる。そこからもっと近しい人にたどり着けて、そしたらみどりちゃんが今どこで何をしているかも分かるはずだ」
「だけどお前はお尋ね者になって特捜部だの警察だのに追われているじゃないか。みんなそのことを知ってる人だろう? 連絡取ったら警察にタレ込まれるんじゃないのか?」
 と水沼はいった。
「そこが人づき合いのいい俺の人脈の広いところだ。日本全国津々浦々、もちろん北海道にも仕事に関係ない知り合いがいっぱいいる。出張にやって来た時に楽しく遊んで知り合いになったやつらばっかりだけどな。そいつらは遊びでつき合っているから俺がどんな仕事をしてるか詳しく知らないやつもいる。出張で北海道に来たサラリーマンということしか知らないんだ。だから大丈夫。身元はバレてない」
「飲み屋のおねいさまということね。正解だろう?」
 と小澤はあっさりいってのける。お前のことは何でも分かっているというように笑いながら横目使いで見ている。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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