よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十三回

川上健一Kenichi Kawakami

「で、これから行くクラブのママはお前がいうところの昔愛し合った酒乱の女って訳ね?」
 と小澤がいう。
「たとえ何でも話せる親友や竹馬の友だとしても、女関係に首を突っ込むのは男のつき合いのマナー違反だぞ」
 山田は気取って胸を反らせた。小さめのジャケットの前を留めているボタンが今にもちぎれて飛んで行きそうに引っ張られた。
「よくいうよ」と小澤が苦々しげにいって口を尖(とが)らせた。「俺のことを愛人がどうしたこうしたって散々引っかき回しておきながら、何が男のつき合いのマナー違反だよ」
「そったらごどへったっけが?(いったっけ?) ワ(私)知らねなあ。記憶にございません」そっけなくいって山田は歩き始めた。「とにかくだ、北海道の人はまんずはあ(ほんとにまあ)タダでねぐ(半端無く)親切だ。あのダンプの運ちゃんがずっぱり(いっぱい)リンゴけだ(くれた)のでも分がるべせ。あれ? 電気点(つ)いてねな。まさが店やめたんでねべな?」
「どこの店?」と小澤。
「あそごだ」
 山田が指さす先に連なる店の看板はひとつも点灯されていなかった。山田は小首を傾(かし)げながら歩いていき、縦長の大きなアクリル看板が据えつけられている店の前でしげしげと外壁を見回した。淡いピンクの壁は周囲の店の三倍はあろうかという大きさで窓はひとつも無い。薄暗がりの中でも外壁は綺麗(きれい)で古ぼけてはいない。開店前か定休日といった感じだ。点灯されていない店の看板は赤地に白文字で『マキマキ』と読める。
「ここ?」
 小澤が山田とシンクロするように壁を見回す。「休みじゃない?」
「宵の口だから開店前ってことなのか?」
 水沼は左腕の袖口をずらして腕時計を見た。薄暗い明かりの中で目を凝らす。まだ六時四十五分を過ぎたばかりだ。「だとしたらもうすぐ開店かもな。遅くても七時には開店するだろうから、後十分ちょっとで七時だ」
「閑古鳥が鳴きすぎて声が嗄(か)れたような歓楽街だから、周りの店と一緒に閉店したかもね。ほら、ドアに張り紙がしてある。きっと閉店しましたっていう張り紙なんじゃない?」
 小澤がドアに歩み寄りながらいう。暗いので文字が読めるところまで近づいて張り紙に額をくっつけるようにして覗(のぞ)いた。路地を抜けた先の頼りない明かりが弱々しく張り紙を照らしている。
「何々、来店のお客様は電話ください、すぐに開けます、だってさ。電話番号書いてある。どういうこと?」
「店で客を待っていてもくたびれもうけってことなんだろうな」
 と水沼はいって暗くて狭い通りを見回した。「まるでゴーストタウンって感じだから、早い時間にはやってくる客がいないってことなんじゃないか?」
「電話してみるか。ってへっても(といっても)携帯はホテルさ置いで来たな。さっきたの(さっきの)寿司屋の中にピンク電話あったから戻ってかけてみるべ」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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