よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十三回

川上健一Kenichi Kawakami

 水沼はゆっくりと店内を見回した。昔のキャバレーとかクラブのような店内に思えた。
 小澤も同じように見回してから、
「外から見て想像してたよりも大きい店なんだねえ。雰囲気も昔風でいい感じだなあ」
 と誰にいうともなしに驚いたような顔でいった。
「この店は夕張の景気が良かった頃はキャバレーとライブハウスとスナックとダンスホールがミックスされた店だったらしい。俺が来てた頃は今の店に改築されて、女の子が何人かいる大きいスナックって感じだったな。今でいうギャルズバーみたいなもんか。たまにバンドが入って、といっても素人バンドだけどライブもやってた。昔とまるで変わってないなあ。ソファーが綺麗だから張り替えたんだろうな。ドラムセットがあるってことは今もライブやってるの?」
 カウンターの中にいてあれこれと手を動かしている若い女が顔を上げた。
「ライブはほとんどやってません。ドラムはママが時々叩(たた)くだけですね。上手ですよ。どこでも好きな所に座ってください」
 三人は小澤を真ん中にしてカウンターの丸椅子に座った。水沼と山田はハイボールを、小澤はウイスキーのロックを注文する。
「張り紙してるのは早い時間には客が来ないからってことなの?」
 と水沼はいった。
「ええ。たまに早い時間に来る人がいるけど、だいたいはお客さんたちがやってくるのは八時過ぎなんです。だから私は喫茶店の片づけを手伝って八時前にここに出勤してるんです。喫茶店は近くなんでママから連絡があるとすぐに駆けつけられますから」
 若い女は手慣れた手つきで注文の酒を作りながら山田に顔を上げた。「お客さん、夕張に住んでいたんですか?」
「いや、ずっと前に仕事で何回か来ただけだよ。ママは来ないの?」
「ラーメン屋を閉めてから来るので、いつもは八時過ぎになっちゃいますね。それから変身するのに最低でも二十分はかかるから店に登場するのは八時半ぐらいですね。でも今日は七時過ぎに来店するって電話をしてきたお客さんと、八時半から観光ツアーの団体さんの予約が入っているので、ラーメン屋さんはパートさんに任せて早く来るっていってました」
「ほう、ママはラーメン屋もやってるの?」
「ええ。元々はママのお母さんがやってた店で、メニューはラーメンだけの小さな店なんですけどね、ママのお母さんの頃からすごく美味(おい)しくて人気の店だったんです」
「あ、そのラーメン屋って、この飲み屋街の端の、広場を挟んだ斜め向かいにある、あの小さなラーメン屋?」
「はい。ママのお母さんが死んで今はママが後を引き継いでやってるんです。みんなが食べにくるのを楽しみにしている店だからやめる訳にはいかないって頑張ってます」
「そうなのか。いやあそれは知らなかったなあ。ママはそんなこと一言も言わなかったからなあ。夕張に来た時に何回か食べたことあるよ。しつこくなくてさっぱりした味の昔ながらのラーメンって感じで、お替わりしたくなるくらい美味(うま)かったなあ。そうか、あのおばさんがママのお母さんだったのかあ」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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