よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十三回

川上健一Kenichi Kawakami

「じゃあママは喫茶店をやってるってのも知りませんよね?」
「え? 喫茶店もやってるの?」
「はい。シネマ街道で喫茶店をやってた人がお客さんが少なくなって赤字続きだから店を閉めたんです。そしたらママが、喫茶店が無くなったら昼間の街が寂しくなるからって買い取って、朝の六時から開店してるんです。モーニングサービス付きで。朝、モーニングを食べに来るお年寄りとか独身の若い人で賑わっていますよ。ケーキとクッキーも手作りしてるんです」
「凄いなあ」
 と水沼が口を開く。「夜はクラブのママで、朝六時からは喫茶店のママ、それで夕方までラーメン屋さんじゃ寝る暇がないね」
「っていうか、喫茶店とラーメン屋は営業時間がかぶっちゃうじゃない。一人じゃできないでしょう」
 と小澤がいった。
「ママは忙しすぎる人だから喫茶店もラーメン屋もパートの人に手伝ってもらっています。それでもママは一人で百人分ぐらいは働いていますよ。タフですよ、あの人は。バイタリティーの塊です。とにかく夕張愛が半端なくて、夕張のためなら何でもやっちゃう人。市のイベントだとか会合にも積極的に参加するし、今は映画館を復活させるって張り切っています。映画の街なのに映画館が無いのは、フニャフニャのバットを持ってバッターボックスに立っているみたいで何か格好がつかないわよねって、何が何でも映画館を復活させるって鼻息荒くしてます。お待たせしました。どうぞ」
 カウンターにグラスが三つと木の実や海産物の乾き物が山盛りに乗せられた小皿が並んだ。三人はグラスを上げて軽く乾杯した。
「あのさ、さっき変身っていったのは、ラーメン屋のおかみさんからクラブのママに変身するってことでしょう? そのために時間がかかるってことだよね」
 と小澤がいった。
「はい。そうなんです。前はそんなに時間かからなかったんですけど、半年ぐらい前から凝った変身をするようになって、今夕張ではママのコスプレはちょっとした名物になってるんです。映画の街を盛り上げるんだって、有名な映画のシーンの女優さんとか、シネマ街道の映画の看板に描かれている女優さんとかに変身するんです。衣装も古着のドレスとかを取り寄せて自分でアレンジしたり、洋裁できる友達に頼んで完璧に再現したりしてるんです。それが面白いって評判になって少しずつお客さんも増えてきたんです」
「いいねいいね。映画の女優さんになりきって登場するんだ」
 映画好きの小澤がにわかに活気づく。「今日は何の映画の女優になって現れるのか楽しみだなあ」
「かっこいいですよ。本当に登場ですって感じで登場しますから楽しみにしててくださいね」
「登場する時はファンファーレつきとか映画のテーマソングつきなの?」
 と小澤が目を輝かせた。
「そんな派手派手しくはないですよ、ちょっとポーズを決めるだけですけどね。でもママの登場シーンが楽しみで週に二、三回通っているってお客さんもけっこういるんですよ。今日も映画好きの人が何人か来ると思いますよ」といってから彼女は山田を向いた。「ママの登場ショーを見たことあります?」
「無いよ。俺が来てた頃のママは誰よりも早く店に来て、店の前の通りを端から端まで全部掃除したり、店の中をきれいにしたり、ドラムを叩いたりしてたみたいだからなあ。客より遅く店に登場するってことは無かったよ」
「そっか。まだラーメン屋やってなかった頃ですもんね」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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