よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十四回

川上健一Kenichi Kawakami

「アウトドアセックスか」と山田がニヤつく。「はんかくせ妄想だども、そっちの方が誰にも知られないし、死体がめっけられるごども(見つけられることも)ねえすっけリアリティーあるなあ。森の木陰でどんじゃらほい、ってが」
「確かにありうるな。森の木陰でドンパチ、ブスリ」と小澤がボックス席の彼女たちを見据えたまま呻(うめ)くようにいう。「忘れてたよ。寝不足とアルコールで頭ボーッとしちゃってた。あの女たちには近づかない方がいい。もしも、ってことがある。俺たちのあとにいきなりここに現れたのが変だよ。怪しい。俺たちをこっそりつけてきたのかも。それとも俺たちを見張っている官憲から連絡がいったのかもしれない。ということはあのホテルに泊まっていることがばれてるってことだよね。それで」と小澤は声をひそめた。せわしなく両隣の水沼と山田にめくばせする。「あの従業員の女の子も殺し屋一味で、あのトレーの下に拳銃を隠して持って殺し屋の女たちに渡しに行った。三十秒後に拳銃を手にした彼女たちが立ち上がってぶっ放す。俺たちは蜂の巣になって床に転がる。血の海だ。ギャング映画とか殺し屋が登場する映画のようになるとしたらこの筋書きだね」
「何へってらど、このホンジナシ。映画だば(なら)劇的に盛り上げて観客をドキドキさへることが肝心だども、現実はそったらまどろっこしいことするかよ。ここさ入ってくるなり、いぎなし(いきなり)バン! とぶっ放してお終いだ。ジ・エンド。そったごどしねがったすけ殺し屋でね。ナンパしても大丈夫だ」
「お前こそ何いってんだよ! ここは夕張だよ、映画の街だよ? 殺し方も映画のように手の込んだ殺し方をしたくなって当然だ。あと二十秒。いいか、逃げる準備しとけよ。彼女たちが立ち上がったらカウンターを飛び越えて隠れるか、出口のドアに一直線だぞ」
「まっさが(まさか)よ。イガ(お前)たまげだ(すごく)酔っぱらってるな。寿司屋でも今夜は酔っぱらって泥のように眠りたいって焼酎ダオダオ飲んでらったすけな。泥のように寝るのはアバンチュールのあとだ。あの三人は今までおらどば(俺たちを)殺してないから殺し屋でね。殺すんだばパーキングエリアで殺してる。へだすけナンパして、なんもかも(最高に)しまれだ(幸せな)楽しい思い出の夜にすんべしよ。考えてもみろって。みどりちゃん探しに逃避行、それさアバンチュールが加わったら最高の夏休みでねが」
「お前は本当に能天気だよなあ」と水沼はあきれ返る。「特捜に追われているっていうのにナンパしてる場合かよ。とにかく俺は早く寝るからな。昔は一晩や二晩ろくに眠らなくても何ともなかったけど、俺も寿司屋で飲んだら疲れがどっときたよ。やっぱり歳だな」
「何へってらど、このホンジナシ! まんだ特捜に追われでねってば。公正取引委員会だの特捜だのは事情聴取の参考人として話を聞きたいから探してるってだけだべせ。容疑が確定して指名手配犯になった訳じゃねえ。へだすけ(だから)追われてるというのは正確でね。とにかく、せっかく三人一緒の夏休みだすけ、ワだっきゃ(俺としては)イガどの(お前らの)ためになんもかも楽しいものにしてやろうってけっぱってるんで(頑張ってるんだぞ)。ナンパは男女の数がピッタリ揃(そろ)わねばまいねべせ(ダメだろう)。イガが参加しねば、あの癒し系ニコニコ笑顔の彼女が独りぼっちでかわいそうでねが、このバガッコこりゃあ!」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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