よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「けど俺は顔がかわいいから差し引きゼロ。今日はマキちゃんをひとかどの人物と見込んで頼みがあって来たんだよ」
 山田はズバリと切り込んだ。
「しょってるわねえ。面の皮が厚いのも相変わらずなのね。長いご無沙汰の挨拶も、あの時はごめんなさいの一言もなく頼みごと? でもいいわ。あなたと私の仲ですものね。愛するマサオちゃんの頼みごとなら何でも聞いちゃうわ。ところでみなさん二人ずつ仲良く並んで座っているけど御夫婦? そちらはマサオちゃんの奥様?」
 オードリー・ヘプバーン・ママはジーンズ女に目を向けていった。
「夫婦ウ? 私がこの人の奥様ア? まさかア!? 私たち女三人はこの男の人たちと夕張にやってくる途中のパーキングエリアで偶然出会っただけよオ。それでまたここでバッタリい。ホント、嘘(うそ)みたい。あのさア、ママって男の人オ?」
 ジーンズ女があっけらかんと尋ねた。オードリー・ヘプバーン・ママは笑みを浮かべたまま小首を傾げて、
「朝から昼までは喫茶店のマスター。昼から夕方まではラーメン屋の大将。で、夜はここのクラブでママ。どれも私。自由に楽しく幸せに生きてる人。それが私」
 山田がママは店を三つ持っているんだといい添え、その他にも夕張のためにあれこれのボランティアを掛け持ちしているらしいと付け加える。
「カッコイイ! 七つの顔を持つ名探偵、多羅尾伴内みたい!」
 とニット帽の女がうれしそうに目を輝かせた。
「オッ、なんと、多羅尾伴内知ってるんだ。『ある時は私立探偵、ある時は片目の運転手、またある時は』という歌舞伎的で大仰なセリフがよかったなあ。多羅尾伴内は何人かの役者が演じたけど、僕は何といっても初代の片岡千恵蔵が最高だと思うなあ」
 と小澤がいった。
 異議無し、賛成! とニット帽の女が諸手(もろて)をあげた。さっきまで泣いていたのが嘘のように明るく弾けている。
「あら、そうだったの。それは失礼しました。夫婦じゃなくて男の人と女の人が別々に三人連れの旅なのね。楽しく旅をしたいならそれってとってもいい選択よ。だってね、同性二人の旅だとしんみりした話題が多くなっちゃうし、三人だとワイワイキャーキャーばっかりの楽しい旅になるのよねえ。旅の途中の独身の男同士と女同士のグループがこの店で出会って、みなさんみたいに盛り上がっちゃう人ってけっこう多いのよ。それでのぼせ上がってたまに結婚しちゃうカップルもいるわ。それがね、もちろん地元の人がここで出会って結婚したカップルもそうなんだけど、なんでか知らないけどここで仲よくなって結婚したカップルはみんな離婚しちゃってる。一〇〇パーセント。どうしてかしら? この前もね、ここで仲よくなって結婚したカップルがまた離婚しちゃったのよ。これで離婚率一〇〇パーセントの記録を更新しちゃったって訳。だから盛り上がってのぼせ上がったとしても、結婚だけはしない方がいいかも。あ、そうだわよねえ、余計なお世話よねえ。みなさんには関係のない話だったわね。だってどちらも酸いも甘いも噛(か)み分けた大人のグループですものね。今のは失言。ごめんなさいね。忘れてちょうだい」
 とママはいった。映画のオードリー・ヘプバーンから店のママに変わっていた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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