よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「何よオ、関係ない話ってエ。それって私たちはもう結婚できないオバサンってことオ?」
 とジーンズ女がママに口を尖(とが)らせた。
「ハハハハ、笑ってごまかしちゃう、って違うわよう。みなさん大人なんだから私なんかが出る幕じゃないってこと。それで何? マサオちゃん、お願いって」
「あのさ、昔の雪印乳業の会社にいた人で誰か親しい人いる? 年取った人ほどいいんだけど。七十歳以上、八十歳くらいの人がいいかもな」
「星の数ほどよ。当たり前じゃない。ここをどこだと思ってるの? 北海道よ」
「さすがはマキちゃん、やっぱり頼りがいがある。昔雪印乳業にいた夏沢さんという人を知っているかどうか聞いてほしいんだよ。珍しい名前だから思い出せるはずだよ。ずっと昔、五十年位前に青森県の十和田市にあった雪印の工場に北海道から転勤になって、それから函館に戻って、その後は札幌に家を建てて住んでいたというところまでは分かったんだけど、行ってみたらその家はもうなくなっていたんだ。その後どこにいるのか分からないんだよ」
「そんなの簡単。あっという間に雪印の人たちの連絡網に繋(つな)がって分かっちゃう。だけど雪印の会社に電話した方が早いんじゃない?」
「いやほら、仕事のことじゃないから会社には聞きにくいんだよ。今の新しい雪印はかつての雪印と違うから昔の従業員のことは分からないかもしれないしさ。それにママの連絡網の方が絶対に早く分かりそうだしさ。その人の娘さんが俺たちと中学校で同級生だったんだよ。で、同級会を開くので名簿を作ろうとなったんだけど、彼女の居場所が分からないんだ。俺たちがちょうど北海道に遅い夏休みの旅に出るから、ちょっと調べてみてその同級生の彼女に辿(たど)り着ければいいと思った訳だよ。雪印にいた夏沢さんの今いる所が分かると、そこから同級生だった彼女が暮らしている所が分かると思ってさ」
「話からすると、その人はもうだいぶ年配の人だわよねえ。もしかしたら、もう死んでしまっているかもね。でも大丈夫。昔の雪印を退職した人いっぱい知ってるから、とにかく連絡してみるわね。ちょっと待っててね、って、そうだ、マサオちゃん、あなた夕張に来てた頃は大水陸建設の営業課長さんだったわよね?」
「そうだよ」
 と山田は平然といった。
 水沼は驚いてオードリー・ヘプバーン・ママを見つめた。談合事件のニュースを耳にして特捜部が山田を探していることを知っている顔つきだ。水沼は小澤を見た。小澤の反応は意外なものだった。ことの成り行きを楽しんでいるように面白そうに笑っている。
「えーッ、大水陸建設の人なのオ!? 談合事件で大ニュースになってる物凄く悪いことした会社の人オ?」
 とジーンズ女の目が怪しく光った。ぎょろ目を輝かせて山田と水沼と小澤を行ったり来たりさせた。
「こいつらは違うよ。俺たちは中学校の同級生。俺の会社と関係ないやつら。さっきもいったけど三人で示し合わせて昨日から遅い夏休みの旅行中。自由で楽しい夏休みを満喫するために仕事は忘れようって三人で携帯は切ってあるし、ニュースも見ざる聞かざるでいっさいシャットアウトしてる。俺の会社が談合事件で摘発されたのか?」
 山田は平然とした顔でとぼけた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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