よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「知らないのオ!? 楽しい旅をするからってエ、携帯の電源切ってエ、ニュースも見ないなんて信じられない!」
「でも分かるわ。アナログ世代は息抜きするのに携帯とニュースは邪魔よね」
 とオードリー・ヘプバーン・ママがいった。「私もどっちかっていうとそっちの方が好き。ニュースを見ていないなら知らないのも当たり前よね。あなたの会社も含めた大手ゼネコン数社が東京湾岸地区の開発で戦後最大級の談合をやったって、昨日からニュースで大騒ぎしてるのよ。官製談合の疑いで東京都庁にも捜査が入ったって。談合の主導的役割を果たしたらしい重要参考人として、あなたの会社の営業部長の行方を探してるんだけど見つからないみたい。どこかに雲隠れしてるらしいの。あなた、まさかその行方不明の営業部長さん?」
「あーあ、ばれてしまったよ。どうするどうする、山田部長? さあさあさあさあ!」
 小澤が囃(はや)し立てるようにいってニヤニヤした。水沼は顔をしかめた。小澤はニット帽の女と意気投合し、アルコールの酔いも回ってすっかり舞い上がっている。このままの勢いで山田の素性をあきらかにするかもしれない。山田がどう出るかと水沼は静観した。するといきなり山田は立ち上がった。
「ハイハイハイハイ! さあさあさあさあ! ハイ、みなさまお待たせいたしました! 私がお待ちかねの有名な宴会部長です! 今夜は楽しくパーッとやりましょう、パーッと! ハイ、スイスイスーダラダッタ、スラスラスイスイスイーっと!」と歌って踊りだした。
 沈黙。突然の浮かれパフォーマンスに全員が呆気(あっけ)にとられてまじまじと山田を見つめた。オードリ・ヘプバーンも鍔広(つばひろ)の大きな帽子を傾けてポカンとしている。
「いやあ、ハハハハ! さあパーッといきましょう、パーッと! ん? あれ? どうしたの? だから私、大水陸建設の有名な宴会部長。呼んだでしょう? 宴会部長を。呼んだよね? え? 呼んでない? その顔はお呼びでないよね? お呼びでない? いやあ、ハハハハ! こりゃまた失礼しましたッ。チャンチャン!」
 山田はおちゃらけてヘラヘラ笑った。
「『無責任男』シリーズの植木等ね」
 とニット帽の女がつまらなそうに鼻から息を吐いてからぶっきらぼうにいった。「植木等の代名詞ともいえる『シャボン玉ホリデー』のお呼びでないコントの定番ギャグよね。突然で驚いちゃったけど、それじゃ面白くないのよねえ。最後はチャンチャン! じゃなくてもっと大口開けて豪快にガハハハ! って笑ってくれないと植木等って感じしなあい」
「こいつの若い頃の夢はね、大人になったら植木等みたいにスーダラ節やって、フーテンの寅さんみたいに全国を旅して回りたいってことだったんだよ。だからはしゃいでも大目にみてやって。俺たちもちょっと酔っぱらっているし、それに美人さんたちと一緒なんで楽しくてはしゃぎたいんだよね」
 と小澤が取り繕ってヘラヘラ笑った。
「もう、相変わらずねえマサオちゃんは。突然突拍子もないことやらかすからビックリしちゃうじゃない。でもマサオちゃんは営業部長さんじゃないわね。だって本当に営業部長さんだったらさ、談合事件発覚後の対応とかで忙しくて、こうして呑気(のんき)に同級生たちと旅行なんかしてる場合じゃないものね。今の肩書は何? まだ課長さん?」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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