よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「出世したよ。こう見えても役員だ」
「あら、重役さんじゃない! 頑張ったのね。だから長いことご無沙汰だったって訳ね。でもさ、重役さんだったら会社に連絡した方がいいわよ。談合事件のことはニュースで大々的に報道されてるから、きっと会社は今後の対策を協議したくて重役のあなたを探してると思うわよ」
「俺は関係ないよ」
 山田は興味なさそうにいう。
「だって重役さんでしょう? 関係大ありじゃない」
「本社の重役だったらな」
「どういうこと?」
「ある日いきなりケツを蹴られて出世街道から外されて、細い脇道を歩かされることになったんだよ。つまり、子会社に追いやられて、いてもいなくてもいいようなそこの三文役員。だから本社の談合事件とはまるで関係ないんだよ」
「だからなのか。納得だよ」
 と小澤はいった。
「何が納得なんだ?」
 と水沼は当惑して小澤を見た。何を納得したのかまるで見当がつかなかった。
「こいつさ、ずうっとさ、やけにのんびり構えてたじゃないか。何かおかしいと思ってたんだよ。この旅を面白おかしくしようって決めて子会社に移ったことを隠して演技してたんだよ。それが真相なんだよ。本社にいたら談合事件のこととかでもっとピリピリしてるはずだよ。俺たちに夏休み旅行しようって能天気に誘ったりしないよ」
「そうなのか? 本当に子会社に移ったのか?」
 と水沼は山田にいった。戸惑いを隠せなかった。北海道に来てニュースで談合事件が発覚したことを知った山田の言動は演技とは思えなかった。小澤のいうように、この旅を面白いものにしようとした演技だとしたら大した役者だ。
「隠してた訳じゃないけど、まあ、そういうことだ。その訳はあとでゆっくり話すよ」
 と山田はにやけてごまかし笑いをした。
「何を演技してたの? 面白そうな話だけどまあいいわ、私たちには関係ないそっちの話だものね」
 とニット帽の女が口を開いた。「でも子会社の役員さんだったとしても、本社が史上最大級のあくどい談合やってるってことは知ってたんでしょう?」
「子会社の俺たちは何も知らんよ。蚊帳(かや)の外だ」
「マサオちゃん、あなた本当に会社に電話しなくてもいいの? 親会社の談合事件はあなたの会社にとっても一大事じゃない。仕事とかお金とか人員とか太い繋(つな)がりがあるんでしょう? 緊急役員会議とかあるんじゃない? みんな探しているかもよ」
 とママがいう。
「俺は本社の役員じゃないんだってば。いくつもある子会社のひとつの、いてもいなくてもいいような平役員なんだってば。だから談合が発覚して役員会議を開いたとしても子会社の三文役員の俺はお呼びでないの。もっと偉い人たちが集まるんだよ。それにこういうことはちゃんと対処するためのマニュアルがあって、親会社、子会社のグループ全体がアタフタしなくてもいいようにできている。役員会議といったってそのマニュアルを確認するためにちょっと集まる程度だ」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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