よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「ふうん。そうなんだ。本社の営業部長さんって知ってる人?」
「知ってるよ。業界じゃ有名人だからな」
「どんな人なの?」
「いいやつだよ。仕事はできるし、義理人情には厚いし、しかも冷静沈着、くわえて品格、人格バツグンだから社内外で人望がある。玉にキズは堅物すぎるってことだな。だから俺みたいに女にもてない」
 山田は自慢げにしれっという。
「でしょうね。そういう人じゃなきゃ戦後最大級の談合事件の主導的役割は担えないわよねえ。人生を軽く楽しく生きているマサオちゃんには無理だわよねえ。でも大丈夫よ、そんなマサオちゃんのこと大好きだからね、フフフ」
「なんだ、がっかりイ」
 とジーンズ女が大きなため息を吐き出して頬杖をついた。「あんたが警察に追われて逃げ回っている営業部長でエ、あんたたちが談合事件の片棒をかついでいる大水陸建設の悪い人だったらよかったのにイ。そうすれば私たちの旅がとっても面白い展開になったはずなのよ。なぜってエ、私たち美女三人があなたたち悪者三人の人質にされちゃってエ、警察の人がいっぱい来ちゃって大事件になっちゃったのにイ」
「どうして私たちが人質になっちゃうのよ?」
 とニット帽の女がいった。
「だってさあモッチイ、映画では銀行強盗とかギャングとかの悪者が逃亡を計るときってエ、必ず人質をとって盾にするじゃない?」
「まあそうよね」
「決まり事だよね」と小澤がニット帽の女に同調してうなずく。「人質は艶っぽい魅力的な女性じゃなくちゃ見ていて面白くないしね」
「でしょうでしょう? 人質になるのは私たちのような美人で魅力的な女性って決まってるのよ。で、この人たちはいかにも美人を人質にとっていやらしいことしそうな悪そうな人相してるから、当然私たちを人質にして逃亡するってことになるのよ」
「タマエってば、やめなさいよ。変なこといってすみません。ちょっと酔っているんです」
 とへの字目の女が申し訳なさそうに苦笑しながら水沼にいった。水沼は笑ってうなずく。
「あーあ、つまんなあい。あんたが物凄く悪いことした営業部長だったらよかったのにイ。ママのいう通りイ、宴会部長にはピッタリだけどオ、ゼネコンのやり手営業部長って雰囲気じゃないわよねエ。営業部長って会社を背負ってるっていう、もっとこう、重厚でエ、人望があってエ、ひとかどの人物って感じの人がなるものよねエ。あんたは面白い人だけど軽すぎるのよね。人気はあるけど人望はないって感じイ。もう本当にお呼びでないわよ」
「もうタマエってば、いいかげんにしなさいよ。本当に失礼よ」
 への字目笑顔の女がジーンズ女を軽くにらんだ。それでも笑顔だった。
「いやいや、いいんだよ。上手いこというなあ。今の言葉気に入ったよ。人気はあるけど人望はないか。確かに人気があるのを人望があるって勘違いしてるやつが多いからなあ。とにかくマキちゃん、雪印の人のこと頼むよ」
 オードリー・ヘプバーン・ママがいいわよと軽く微笑み、この人ならっていう面倒見のいい人がいるから電話してくるわと立ち上がった。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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