よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「へんで、このバガッコはみどりちゃんのことばしグダグダへって、はあ会えないべなあってジタバタ嘆くもんだから、へんだら、俺たち三人の夏休み旅行は、このバガッコの初恋のみどりちゃん探しの旅にすんべしって北海道さ来たんだよ」
 と山田はいった。また十和田弁にスイッチが入った。小澤が、ことばし、は、ことだけ、へんだら、は、だったら、ってことねと説明した。
「その初恋の人とは『マイムマイム』も踊れませんでしたものね。思いが届かない分、その人への思いも強く残っているものですよね」
 とへの字目笑顔の女はいった。
「でもオ、会ってどうするのオ?」
 とジーンズ女は真っ直(す)ぐに水沼を見て詰問するようにいった。
 水沼は言葉に詰まって小さく両手を上げた。「どうするかな。そういえばどうするかは考えたことがなかったなあ。会いたいと思うばかりだったなあ。会えるかどうかも分からないからね」
「会えたとしたらア?」
「どうかなあ」水沼は顎に手をやって考えた。「笑って、そうだな、胸が一杯で笑うだけで何もいえなくなりそうな気がする」
「ねえカノコォ、モッチィ。中学の同級生の男が突然家を探し当てて訪ねてきたらどう思うウ? それも自分に恋心を持っている男がさア。私だったらア、面倒くさいわねエ、今さら何なのよオ、って舌打ちしちゃうわね。目的は何イ? 私に何を求めて会いに来た? 金エ? 身体ア? て思っちゃう」
「タマエはもう本当に過激なんだから」とへの字目笑顔の女は苦笑した。「私は一応常識的な挨拶はすると思うわ。久し振りですね、元気ですか、とかね。でもいきなり家にやってこられたらちょっと引いてしまうかもね」
「そうでしょうオ、大迷惑よねえ。こっちの都合とか考えないでやってくるなんて非常識もいいところよオ。昔のことは思い出したくないって思ってるかもしれないしイ、それぞれ事情があって昔の知り合いには会いたくない人もいるんだよオ。そういうことちゃんと考えて初恋への道をやってるのオ?」
 辛辣な言葉が三人の頭上にぶちまけられた。水沼は言葉に詰まってしまった。確かにその通りだ。自分たちの都合だけしか考えていなかったことに気づかされた。夏沢みどりの事情のことは考えもしなかったのだ。
「そうか。女の人はそう思っちゃうのか」
 と小澤がいった。「いきなり訪ねていけば、目的は金か身体かと思っちゃうのかあ。三人で訪ねていっても?」
「三人なら身体ってことはないかもねえ。でもオ、その人がどういう境遇にいるかってことを考えるべきよオ。もしかしたらそんなことに気を煩わせたくないと思っているかもしれないしイ、不幸な境遇だったら訪ねてきてほしくないと思うかもオ。自分たちの身勝手な思いだけで突然会いにいくなんて無責任」
 とジーンズ女はピシャリと決めつけた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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