よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十五回

川上健一Kenichi Kawakami

「でもさ、老けたおじさん三人が、初恋の人に会いたくてドライブ旅行しているって、何だか映画よねえ。初恋への道。素敵なドラマで私はいいと思うわ。一緒に行きたい気分。だって、目の前で物語を実体験できるんだもの。断然興味が湧いちゃった。映画の中にいるようで楽しそう」
 とニット帽の女はいった。頬づえをついて、視線の先にある映画館のスクリーンを熱っぽい視線で見つめているような眼差(まなざ)しだ。
「モッチイらしいけどオ、でもダメ。だってエ、この人たちが談合事件の逃亡犯で私たちが人質として拉致されて連れて行かれるなら面白いけどオ、ただの身勝手で無責任なおじさんってだけじゃ面白くないわよ」
「何へってらどあねっちゃあ」
 と山田がいった。
「ちょっと待ってエ。あんた標準語でいってちょうだい。いちいち訳してもらうの面倒くさいからさア」
「了解いたしました。俺たちは無責任で身勝手じゃないよ。大人だからそこはちゃんとわきまえてる。電話番号が分かったら同級生の名簿を作ってるって説明して、それで実は今同級生たちと北海道に来ているから会いにいってもいいかってお伺いを立てるつもりだ。不躾(ぶしつけ)なことはしないよ。礼儀は心得てる」
「住所だけしか分からなかったらア?」
「なるほどな。そういうことも考えられるよなあ」
「そういうのは考えなくてもいいのよ」
 とニット帽の女はいい放った。「映画的には突然訪ねていくべきよ。その方がドラマチックだわ。ハッピーエンドになるか悲惨な結果になるかはその時次第でいいのよ。サプライズでいいのよ。映画はそうじゃなくちゃ」
「映画じゃないのよモッチイ。あんたは何でも映画なんだからア。これは現実の話なのオ」
「ごめんなさいね」
 とオードリー・ヘプバーン・ママがスルリと割り込んだ。「盛り上がっていて面白そうなんだけど、ちょっと失礼するわね。地回りしてこなくちゃ。フフフ」
 たおやかに腰を揺らして立ち上がった。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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