よみもの・連載

ひかる、汗 魔女の抱擁

魔女の抱擁

川西 蘭Ran Kawanishi

     3

 モンスターは突然、出現する。だが、あわてる必要はない。向こうから攻撃をしかけてきたとしても一撃で倒されることはない。落ち着いて対応すれば、必ず勝利できる。勇者フジヤマと違って、ゲームを始めたばかりの自分の拡張現実ゲームにはレベルの低いモンスターしか現れない。
 少年と出会った翌日から彼女は遊歩道の散歩を始めた。
 どうせ歩くのなら、自分も同じゲームを始めてみようと思い立った。ただ歩くのだけでは張り合いがない。ゲームがあれば、歩行を苦行にしなくて済むかもしれない。
 開店間もないショップを訪れ、最新式のスマートフォンを購入した。対応してくれたのは、茶色の髪をポニーテールにした若い女性店員だった。感じの良い微笑を浮かべて、彼女の話を聞いてくれた。拡張ゲームのあらましを話し、それができる機種が欲しいのだ、と伝えた。
「お客さまがお使いになるのですか?」
 カタログを開きながら、さりげなく店員が訊(き)いた。
「いいえ……孫にねだられて」
「お孫さんに、ですか?」
 カタログから彼女に視線を移した。目元の微笑は崩れない。優しいまなざしだ。
「私が使う」彼女は認めた。「年甲斐(としがい)もないと思うかもしれないけれど、ちょっとやってみたいと思って」
「わかります」店員は真顔になってうなずいた。「私もやっていますから」
 上着の内ポケットからスマホを取り出した。私物のようだ。画面をタップして、彼女の方にそっと差し出した。マップの左下にプレーヤーのアイコン(灰色のフードつきの足元まで丈のあるガウンをまとった少女)と名前が表示されていた。
「賢者マーヤ(sage_maya)」
「コンピュータが決めたことですから」
 プレーヤーの名前は指定できるが、職分はコンピュータから与えられるものらしい。なるほど。婆は勘違いしている。少年の言葉が耳に甦(よみがえ)った。どの世界にも案内役は必要だ。そして、賢者マーヤ(sage_maya)は、その役割に最適だった。
「プレーできる程度で良いですか? それとも、最高のものをお望みでしょうか?」
 もちろん、最高のものを、と彼女は答えた。
 最新の高性能スマートフォンと大容量の薄型モバイルバッテリー、高速充電器。必要なものを一式買い整えた。アプリのインストールも設定も賢者マーヤが「ショップには内緒のサービス」でやってくれた。
「登録名はどうなさいます?」
「婆にして」
 多少、自嘲の念はある。

プロフィール

川西 蘭(かわにし・らん) 1960年広島県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。79年、大学在学中の19歳のとき『春一番が吹くまで』でデビュー。小説を多数発表したのちに出家。現在は作家と僧侶を兼業している。元東北芸術工科大学教授、現在武蔵野大学教授。著書に『パイレーツによろしく』『夏の少年』『セカンドウィンド』『ひかる汗』など。

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