よみもの・連載

ひかる、汗 魔女の抱擁

魔女の抱擁

川西 蘭Ran Kawanishi

 で、なに?
 安否確認。
 なるほど。受話器を少し遠ざけて息を吐いた。独居老人への温かい心遣いに感謝しても……。
 リフォームの催促よ。
 彼女の厭味(いやみ)を遮って、友人は早口に言った。
 そろそろ考えても良い時期だと思わない?
 ……そうね。
 リフォーム工事のすべてを友人の会社にまかせていた。こちらの一方的な都合で延期して、もう三年になる。正面の壁には本棚の跡が残っていた。夫が使っていた本棚も並べていた本も今はない。
 その気になったら、連絡して、と友人は柔らかな口調で言った。いつでも対応できるようにしておくから。
 ありがとう。
 友人には感謝しかない。十年近くのブランクののちにフリーランスとして復帰したものの、仕事に恵まれず、廃業を考えていた時に声をかけてくれた。急なお願いで悪いのだけれど、と切り出された仕事は納期まで本当に時間的な余裕がないものだった。徹夜が数日続くことを覚悟して彼女は受けた。やり遂げれば、道が開ける。そんな確信があった。仕事は、私生活のトラブルでプランを途中で投げ出した、浮気性の設計士の穴埋めだった。設計は納期前に無事完了し、依頼主も満足し、友人からは定期的に依頼が来るようになった。あなたの仕事はずっと見ていたの、と友人はある時、彼女に言った。最初の仕事から数年がたっていた。機会があれば、組んでみたいと思っていた。
 ピンチヒッターとして最適だった?
 相棒として、と彼女は少し酔った口調で言った。
 たしかに、友人は相棒として無二の存在だった。家庭との両立ができるように彼女の都合を優先的に考えてくれ、仕事に関しては意見が対立することはあったが(それも激しく)、関係が破綻することはなかった。仕事相手として、人間として、つまり、相棒として彼女は友人を信用していた。

プロフィール

川西 蘭(かわにし・らん) 1960年広島県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。79年、大学在学中の19歳のとき『春一番が吹くまで』でデビュー。小説を多数発表したのちに出家。現在は作家と僧侶を兼業している。元東北芸術工科大学教授、現在武蔵野大学教授。著書に『パイレーツによろしく』『夏の少年』『セカンドウィンド』『ひかる汗』など。

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