よみもの・連載

ひかる、汗 魔女の抱擁

魔女の抱擁

川西 蘭Ran Kawanishi

 羽音がして、川面に波紋が広がった。舞い上がった鳥が逆光の中をシルエットとなって飛んでいく。
「ハブられっこ?」
「村八分にされる。誰もぼくと目を合わさない」
「だから、学校に行かないの?」
「行く必要がないから行かない」
 少年は組み合わせた手を膝の上で弾ませた。「ぼくは優秀なんだ。あの学校で学ぶべきことはもうない」
「そう……」
 たぶん、少年は嘘をついていない。群を抜いて優秀な者は孤独だ。凡庸な集団からは疎外される。少年につきまとう陰の原因がわかった気がした。
「昔のように無理して通わなくていい。今はそういうのを許してもらえるんだ」
 なるほど。
 彼女は白湯を一口飲んだ。のどの奥にじわりと温もりが広がる。横目で少年をうかがう。やや厚めのソールがついた高機能シューズの爪先をこつこつと打ち合わせている。退屈で寂しそうだった。
「学校に行きたいとは思わない?」
「思わない」小さく首を振った。「もっと楽しい場所はある」
「どこに?」
 組み合わせた手と足を同時に上下させた。空を見上げ、ゆっくりと彼女の方に顔を向けた。
「わからないよ」
「勇者なのに?」
 少年はもう一度、空を見上げた。輝くような青さだ。夏はもう終わろうとしている。青い空の高さに、彼女は秋を感じた。
「婆」少年は空を見上げたまま言った。「そういう冗談は面白いの?」
「少しも面白いとは思わない」
「安心した」
 許されるなら、少年の肩に手を乗せたい気分だった。軽くたたけば、彼女の思いは伝わるだろう。勇者フジヤマ(brave_fujiyama)、君はひとりではない。世界のどこかには君を理解してくれる人がいる。そして、理解したいと君が望む人もいる。
「世界は君が思っているよりも広い」
「勇者に向かってそれを言う?」
「いけない?」
「魔法使いにしては生意気だ」
 少年はベンチから立ち上がり、川の方に歩を進めた。背の高い草の群生の手前で立ち止まり、小石を拾って、川に向かって投げた。ぎごちないフォームだった。生まれてから一度もキャッチボールをしたことがないのかもしない。
 彼女は白湯を飲み干し、水筒の蓋をしっかりと閉めた。ロックを確認してからリュックのサイドポケットに押し込む。スマホを見ると、娘からのメッセージが届いていた。
 元気なの? 電話をしたいのだけれど、いつが都合が良い?
 いつでも大丈夫。
 メッセージの返信をして、スマホをしまった。

プロフィール

川西 蘭(かわにし・らん) 1960年広島県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。79年、大学在学中の19歳のとき『春一番が吹くまで』でデビュー。小説を多数発表したのちに出家。現在は作家と僧侶を兼業している。元東北芸術工科大学教授、現在武蔵野大学教授。著書に『パイレーツによろしく』『夏の少年』『セカンドウィンド』『ひかる汗』など。

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