よみもの・連載

今日も、日本語学校で

第1回「ここは異国かニッポンか 〜〜はじめての日本語学校」

北村浩子Hiroko Kitamura

 エレベーターはないため、階段をのぼる。踊り場に手作りの壁新聞が貼られている。伸び伸びとした文字とアニメキャラ風のイラストが、なんだか楽しげだ。
「これ、生徒さんが書いたんですか?」
「生徒じゃなくて学生です。留学生ですから」
 あ、そうなのか! いや、そうだな。教わる人=生徒、と反射的に思ってしまった。留「学生」なのだ、彼らは。
 もしかしたら、ここにはこんな驚きが──自分の思い込みを小さく覆されるような驚きが──たくさんあるのかもしれない、とどきどきがさらに高まる。教室に入る。見学させてもらうのは、初級クラスの授業だ。
 
 周りが全員外国人、というシチュエーションは、ひとり旅で経験したことがある。
 でも、外国人が全員日本語を喋(しゃべ)っている、という場は初めてだった。
 ありがたいような気持ちと嬉(うれ)しさとこそばゆさとが肌の表面へ上がってきて、うっすらと鳥肌が立った。口元が変ににやついてしまう。こんにちは、と言いながら、そろそろと後ろの席に座る。アジア、アフリカ、欧米。いろんな系統の、20人近くの顔がある。
 その日の勉強は、経験について話す「〜したことがあります」という文型がメインになっていた。学生たちは「富士山に登ったことがありますか」「アメリカへ行ったことがありますか」「納豆を食べたことがありますか」などとお互いに質問し合い、答える練習をしていた。答えるときは、はい、いいえ、だけでなく、何かひとこと付け加えるのも大事なポイントのようだった。たとえば「はい、あります。とてもおいしかったです」「いいえ、ありません。一度行きたいです」というように。
 単語がなめらかに出てくる人、ゼスチャーを付けて頭の中から言葉を引き出そうとしている人、教科書に書かれている文を指でなぞって、慎重にゆっくり声を出している人、発音を自分で何度も直しながら話している人。
 顔立ちの傾向も肌の色も様々な彼らの個性が、日本語を通じて透けて見える。
 
「せんせい」
 前の席に座っている中国人学生がこちらを振り向いた。せんせい。あ、そうか、今日、わたしはせんせいだ。T先生が最初に「北村先生です。一緒に勉強します」とわたしを紹介してくれたのだ。
 彼は「おっと……?」と、問う表情をしている。お、おっと? 
「あー、おくさん? おっと?」
 なにを聞きたいのだろう。
「えーと、おっとは……」夫です、と言いそうになる。レスポンスしたいのにもどかしい。うーん、と口ごもるわたしに彼は「だいじょうぶ」と言って笑い、隣の席の韓国人の女性と再び話し始めた。